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カサンドラ妻が発達障害夫との離婚を決意した「恐怖の一夜」

2019.07.15

「カサンドラ症候群」(以下、カサンドラ)とは、発達障害の一種「アスペルガー症候群」(以下、アスペルガー)の夫や妻、あるいはパートナーとのコミュニケーションが上手くいかないことによって発生する心身の不調です。特に夫婦関係で多く起こると言われていますが、最近ではアスペルガーの家族や職場・友人関係などを持つ人に幅広く起こり得ることが知られています。本連載「私ってカサンドラ!?」では、カサンドラに陥ったアラフォー女性ライターが、自らの体験や当事者や医療関係者等への取材を通して、知られざるカサンドラの実態と病理を解き明かします。

 バックナンバーはこちら https://www.dailyshincho.jp/spe/cassandra/

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日常を侵食する「世にも奇妙な物語」
「白黒つけてやる!」

 一度は気持ちを奮い立たせたものの、実際そのためにできることはほとんどなかった。その頃には本もろくに読めなくなっていたため、情報収集が捗らなかったからだ。

 読書が大好きで幼い頃から暇さえあれば本を読み、趣味が高じて書く仕事についたこの私が、まさか本が読めなくなるなんて。それを自覚したのは最近、また少しずつ本が読めるように回復しはじめてからのことなので、当時、いくら本を開いても目が滑って言葉が頭に入ってこず、何回同じところを読んでも意味がつかめず、登場人物の名前も状況も全く覚えられないことを不思議に思いながらも、その日の体調が優れないせいにしてやり過ごしていた。

 漫画やネットニュース、Twitter、2ちゃんねるや発言小町などの掲示板等の短くて簡単な文章は以前と変わらず問題なく読めたので、私は主に2ちゃんねるの「旦那が発達障害かも!?な奥様」のスレッドをひたすら眺めていた。

 当時は、精神疾患の診断基準であるDSM-5が導入される直前で、アスペルガーの人はそうではない人とまるっきり異なるかのようなイメージが先行していた。またネット上では、空気が読めずこだわりが強いというイメージのアスペルガーと、忘れ物が多く片付けられないというイメージのADHD(注意欠陥・多動性障害)は別ものとして扱われることが多かった。

 さらにアスペルガーもADHDももっと細かく分類されるのが主流だったと記憶している。

 アスペルガーの分類は5つあった。

 社会に馴染まない「孤立型」。

 自分からは働きかけず受け身で社会生活を送る「受動型」。

 積極的に社会に関わっていくが、関わり方が変わっている……例えば自分の興味のあることだけをずっと話し続けるような「積極奇異型」。

「孤立型」の類型で、自分で決めたルールにそぐわない人に他罰的に接する「尊大型」と自罰的な「大仰型」である。

 またADHDは司馬理英子医師が提唱した、「のび太型」と「ジャイアン型」の分類が有名だった。

 ぼーっとしていて何をすればいいのかわからなくなり、困ると人のせいにしてすぐ泣くのび太と、後先考えたり我慢したりといったことができず衝動のままに行動し、欲求が叶わなければ怒って暴れるジャイアンだ。

 ところが夫の特徴は、積極奇異型や尊大型、あるいはジャイアン型のようでもあり、どれか1つにバッチリ当てはまるというわけではなかった。

 一方、「世にも奇妙な物語」が猛スピードで私を侵食しはじめていた。病院だけじゃない。レストランに行けば注文と違うメニューが出てくるし、タクシーは止まってくれない。それどころか歩いているだけなのに知らないおじさんに怒鳴られ、家に帰れば夫に詰め寄られる。

 そんな毎日の連続なので、自分のやることなすことに自信が持てず、他の人に何か少し言われただけでも自身を否定されたように感じてパニックを起こすようになった。今までは夫と喧嘩になった時だけだったのに、普段の生活でもストレスを感じると呼吸が浅くなり、脈が増え、指先が冷たくなって熱が出る。夜になると38度近くまで熱が上がって寝込むようなことが続き、元気な日は月に半分もない。

やたら他人と揉めてしまう理由
 実は私は、結婚するまで人間関係で大きな苦労をしたことがなかった。正確に言えば、母親とのコミュニケーションには苦労したがそのおかげで他で困るようなことがなかった。母とのやりとりで鍛えられたので、人の話を遮らず聞き、意見は決して否定せず、けれど不本意な同調もせず、控えめに自分の気持ちを伝えるという傾聴の型を10代の早いうちに身につけていたからだ。

 だから、たとえ相手に問題があったとしても仕事で大きなトラブルを起こしたことなどなかった。プライベートでもそうだ。癖のある友人たちに囲まれていても上手に付き合ってこれていたと思う。「あの人、ちょっと変じゃない?」と言われても「付き合ってみれば面白いところが見えてくるタイプよ~」と橋渡しするのが私の役目だったはずなのに。

 ところが、知らず知らずのうちに、私は人の話を否定せずに聞くことができなくなっていた。それどころか意見の相違点をはっきりさせ、相手の選択のデメリットをことさらあげつらうような話し方になっていたのだ。周りからすれば、なぜそのような接し方をされるのか意図がつかめずさぞ不快に感じたことだろう。

 今ならそれが夫とのトラブルを最小限に抑えるためのやり方だったことがわかる。夫には、考え方の違いを明確にし、彼のやり方で想定されるデメリットを全て伝え、今後起こりうることを可視化した上で選択を促し、その選択の結果、何があっても私には関係ないと全力で伝えることが必要だった。そこまでしないと彼はなぜか、彼自身の極めて個人的な選択の責任が私にあると誤認してしまい、失敗が私のせいだと思うと余計に苛立つようで、最終的に怒りで我を失ってしまうからだ。

 けれど当時は無意識である。求められるのでもなければ、人の選択にはあれこれ言わないのが大人のマナーだ。相手の領域には立ち入らず、その人の決断を尊重し、結果が良くなくても責めたりせず、お互いできる限りフォローしあうというのがいわゆる真っ当なコミュニケーションだろうと思うが、それが全くできなくなっていた。それどころか何か問題が起きれば「私のせいじゃない」と真っ先に主張しなければ怖くていられなかった。

 だからちょっとした問題で取引先と揉め、友達と揉め、仕事も友情もいくつも失って、余計、人間不信に拍車がかかる。

 何をしても楽しくない。ポジティブな感情が持てなくなるほど追い詰められて、そこでやっと夫に対しても、彼のことを全く好きじゃなくなっていることに気付いた。これっぽっちも。最終的に自分の中に残った感情は怒りだけで、もののけ姫のタタリ神を見て、まるで自分のように感じたことを覚えている。

5歳の我が子の憎まれ口に夫がガチギレ
 そうこうしているうちに、下の子は2歳、上の子は5歳になっていた。2人育ててみると違いが良くわかる。下の子となら、子連れでも買い物ができたし、病院で検診中に部屋のドアを片っ端から開けていくようなこともしなかったし、お友だちとの別れ際にパニックを起こすこともないし、泣いていても共感して抱きしめてあげるという教科書通りの対応で問題ない。2人目で私が育児に慣れてきたのも多分にあるが、それを差し引いても「育てやすいとはこういうことか!」と思った。

 ただ上の子は早いうちから色々と自分でやりたがり、できるようになったが、下の子は自分でやることにはそこまで関心がないようで、全部人にやってもらいたがったので、そういう意味では手がかかる。きょうだいでも全く違う。「個人差」の「差」は、私が子どもを産む前に考えていたものよりはるかに大きい。

 言葉が遅く心配していた上の子だが、5歳になる頃にはすっかり流暢にお喋りできるようになっていた。そうすると保育園でさまざまなフレーズを仕入れてくる。とはいっても「うんこー」とか「ばかぁ」とか「ふざけんなぁ」とか。幼児が大好きな、たわいもなく可愛らしい憎まれ口だ。

 ところがある日のこと。お友だちとの別れ際のパニックを引きずり、帰宅後も機嫌が悪かった上の子が、そのテンションで夫に「ばか!」と言った。

 すると夫は鬼の形相で怒り出した。テーブルを叩き、わずか5歳の我が子に向かって、ヤンキーがするように顔を近づけ「誰にばかっていってるんだ、ああん?」と凄んだのだ。結婚生活の中で驚くことはたくさんあったが、これが一番びっくりしたかもしれない。

 馬鹿にされたと思って本気で腹を立て、面子を守りにいったことはわかったが、相手は5歳児の我が子である。世間一般の基準では、「ばか」と言われても馬鹿にされたことにはならないのではないか。またヤンキー漫画などでは家族間では気軽に「ばか」などと言い合うもので、面子云々の対象外なのではないだろうか。

 呆気にとられコンマ1秒でそんなことを考えたが、泣くことさえできず震え固まる我が子の姿を見て我に返って間に入った。私が割り込んだのでさらに夫は怒り狂い、怒りが収まらないまま一人大声を出しながら酒を飲み、家中をドンドンバンバンと歩き回る。

 私たちは寝室に避難したが、狭い家なので隔てるものは襖1枚だけ。子どもたちはずっと隣で震えている。どうしようもなくて、夫が別室に行った隙に夫の父に連絡した。「助けてほしい、彼の会社は実家からのほうが近いのだからしばらくそちらで見てもらえないか、お義父さんから話してくれれば彼も受け入れるだろう」と。すると義父は「別居なんてダメだ」と言って私の電話を切った。

 するとすぐ、別室の夫の携帯が鳴った。バアンッと乱暴に別室のドアが開けられ、電話に向かって怒鳴りつける夫の声が近づいてくる。電話の向こうから義父の怒鳴り声も聞こえる。「ぶっ殺すぞ」と唸り声が聞こえ、襖が開けられ、怒りで真っ赤に血走った目がこちらを睨みつけてくる。

 義父は夫への接し方を全くわかっていないようだった。私には夫に対して優しくするようことあるごとに言っていたのに。「彼は今怒り狂っている」と義父にきちんと説明して配慮を求めたにもかかわらず、義父は電話で夫を怒鳴りつけ、怒らせて、知らんぷりして、その結果、私と子どもたちはさらなる恐怖にさらされている。

 誰も助けてなんかくれないのだ。

そうか、私はカサンドラだったのか
 恐怖の一夜が明けて、次の日。

 保育園から帰ってきた上の子が私に言った。「クラスの◯◯君の家にはお父さんがいないんだって、それでもいいんだって」と。

 それで離婚することに決めた。

 離婚にはさらに1年かかり、それはそれで大変な思いをした。

 その間に発達障害をめぐる状況は大きく変わっていた。

 新しくDSM-5という診断基準が導入されたことを受け、アスペルガーはASD(自閉スペクトラム症)に統合され、ASDはスペクトラム状の障害であるということが知られるようになってきた。スペクトラムとは連続体を意味する。以前は症状で区別されていた、アスペルガーや自閉症、そのほかの広汎性発達障害などが本質的に同じ特性を持っている同じ属性の障害であると定義されるようになったのだ。またASDとADHDの特徴を同時に持ち合わせるケースが多いことも理解されるようになってきた。

 同時に、大人の発達障害にスポットがあたりはじめ、さらにコミックエッセイ『旦那(アキラ)さんはアスペルガー』シリーズの著者として知られる野波ツナさんが、その4作目となる『旦那(アキラ)さんはアスペルガー 4年目の自立!?』で自らの「カサンドラ」体験について描かれたことから、「カサンドラ」という言葉も知られ始めるようになる。

『旦那(アキラ)さんはアスペルガー』を読んだことはあったが、その時は受動型のアキラさんと夫のキャラクターがあまりに違ったためピンとこなかった。

 けれどカサンドラは完全に自分にあてはまると思った。

 夫とのコミュニケーションに問題があり、話し合いができない。そのためトラブルは予想できても回避ができず、その違和感を周りに話しても「男の人なんてそんなもの」と理解してもらえない。周囲にたしなめられ、自分を責めるうち、心身に不調が現れ動けなくなる。

 コミックエッセイでは「真っ白な原稿を前に手がピクリとも動かず、用紙を眺めているうちに気づくと夕方になっている」という描写がでてくるのだが、それもまったく同じだった。

 そうか、私はカサンドラだったのか。

 そう思う一方、私は本当に自分に自信が持てなくなっていた。

 発達障害を知れば知るほど基準が曖昧で、自分も発達障害じゃないと言い切れないような気がする。

 夫婦間のコミュニケーションに問題があることはわかるが、「おかしいのはお前だ」と散々言われてきたこともあり、どちらの認知がよりズレているせいなのかがもはやわからない。

 私は検査を受けてみることにした。

引用先:https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190715-00569425-shincho-hlth

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