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「親亡き後」を憂うる 引きこもり親子の悲観と希望

2015.09.10

前回の『ミイラ遺体になるまで 48歳「引きこもり」男性が放置された事情』の記事に対して、たくさんの反響をいただいた。

あまりの数の多さに、すべてのメールに返信できていないことを申し訳ないと思いつつ、これから少しずつ対応して行きたいと思っている。

無理心中の道を選ぶ人も
高齢化した“引きこもり親子”の葛藤

高年齢化する「引きこもり」。それと同時に、親たちはさらに高齢化しており、自分たちが亡くなった後を憂うるケースは少なくない

地域の中で静かに高年齢化していく“引きこもり親子”の問題は、それぞれが孤立して行き詰っていく中で、将来を悲観した事件につながることもある。

今年6月末にも、東京都葛飾区で、79歳母親と55歳の長男が無理心中を図る事件があった。報道によると、年老いた母親は足が悪く、長男が廊下の手すりから母親を転落させた後、自分も飛び降りて無理心中を図ったとみられる痛ましい出来事で、事情はよくわからないものの、「助けて」の声を上げられずにいる当事者や家族にとっては、決して他人事ではない。

最近も、奈良市の団地の一室で、年老いた母親と長男の遺体が見つかった事件について、警察は、母親が長男を殺害して自殺した無理心中と断定。「定職に就かない長男の将来を悲観して殺害に至った」と結論づけ、捜査を終結したという。

双方が高齢化していくとともに、こうした事件は増えていく。

先行きの見えない未来。同居している当事者たちは、親が病気などで倒れたとき、親戚や身内から「働いていないんだから」と、よく介護を迫られるという。

その一方で、削られていく年金や生活保護などの社会保障費。不十分な情報のために選択肢がなく、事件として顕在化するのは、氷山の一角に過ぎない。

当事者が語った変化のきっかけ
「最後まで見捨てない」という父の言葉

親や周囲は、どうしたらいいのか。その考えるヒントを求めて、8月23日に仙台市の「みやぎNPOプラザ」で開催された『ひきこもり大学KHJ全国キャラバンin宮城山形』(全国引きこもりKHJ家族会連合会主催)でも、小さな会場は入りきれないほどの参加者で熱気に包まれた。

ひきこもり大学とは元々、当事者が2年以上前に発案した、講師と生徒がフラットな関係を築く対話の場。よく支援団体や親の会が当事者に成功体験を報告させる「体験発表」とは違い、当事者が自らの意思で企画し、自由な思いを家族や社会に向けて発信して、ファシリテーターの力を借りて参加者たちと共有するのが特徴だ。

今回は、全国KHJ家族会が日本財団の助成金をつけて、日頃開かれる機会のない地方でも開催しようという全国キャラバンに乗っかった形で、いわば変則版だが、地方の当事者や家族にとっては、とてもありがたい。

この日、講師を務めたのは、「社会通念学部」の鹿間健史さんと、以前、当連載でも紹介した「社会共同構想創造学部」の高橋優磨さんだった。

今回、とくに印象的だったのは、ひきこもり大学の特徴でもある「参加者との対話の時間」だ。

なかなか人前で話のできない参加者にも配慮して、講師の授業の後、ポストイットに質問や感じたことなどを書いてもらう。そして、この日、ファシリテーターを務めた佐藤恵子さんが紹介していく。

そんな参加者の「引きこもりの人に、(変化のきっかけになる)どんな行動を取ればよいのか?」という問いかけに答える形で、鹿間さんが、こう話す場面があった。

 

「これだという正解はないと思う。社会通念で、こうだという一般的なことを(言ったり)、親も世間と一緒になって“おまえはダメだ”と(言う)。親も味方ではない。社会側に回って、こうしなきゃいけないと言う。自分(親)も見捨てるということは、誰も味方がいなくなる。でも、ある日、親父が飲みながら“おまえの面倒を見れなくなってきたけど、最後まで見捨てないで行くぞ”と言われてから、感動しました。当事者と向き合うことだと思う。引きこもりを治そうというよりも、息子や娘を受け入れて、人格を受け入れることだと思います」

 

病院やNPOへ行って治そうとするより、子どものことは親のほうがよく知っている。だから、親が変わるほうがいちばん早いと、鹿間さんは力を込める。

 

「親が変われば子どもは変わる。兄弟が変われば本人も変わる。胸を張って、そう思っているだけでも、ふだんの言動も違ってくる。答えはない。人それぞれのやり方で、やるしかない」

改めて、「いちばんわかるのは親だ」ということに気づかされる。対話から見えてくる、どんな小さな手がかりでも、親にとってはありがたい話だ。

ポストイットに込められる参加者の声なき感想が、ファシリテーターの手にかかり、対話をより深めていく。

引きこもり当事者の父が
言葉を詰まらせて語った子への思い

すると、最後の全体シェアの時間で、参加者の父親のひとりが手を挙げた。

 

「親が変われば子どもも変わるという言葉に、非常に重みを感じる。出口が見えない…」

父親は、こう話し始めたところで、声を詰まらせた。

 

「大変な状況でつらい…。自分の子どもであっても、この存在は何だ!と思ってしまう自分がいる…。暴力…。親からすれば認めがたい構造。さっき(講師の)鹿間さんが言われてた、思考停止という言葉に、気づきませんでした。会話がないので、ホワイトボードで…。それが、たった1つの、コミュニケーションです」

 

「本当に今日、来て良かったなと思います。だけど、どうしてこんな人生を、我々が背負っていかなければいけないのかと思って生きてきました。自分で頑張れば、後ろ姿を見てもらって、いつか子どももわかってくれると。思考停止という言葉が非常にショックでした。でも、その言葉で、いまから自分がどんな行動をとっていきたいか。まだ道は暗いですが、少し明るさが出てきたような気になりました」

 

きっと、多くの親たちが共有する思い。

地方の講演会場で、あるいは全国の読者から、同じような状況に置かれた家族の話を筆者もたくさん聞いてきた。

道のりは、暗く険しくても決して1人ではない。

父親の話を受けるように、鹿間さんがこう感想を語った。

 

「さっきホワイトボードでコミュニケーションとっていたとおっしゃられたけど、自分の場合は、親と面と向かって話すとガーッと言い合いになる。記録が残っていく交換ノートで、父親とコミュニケーションしていた時期があった。振り返ってみると、親の文面が徐々に変わっていくのがわかりましたし、自分も、こんなひどいことを親に言ったんだなって、心に余裕できたときだけ受け入れてわかるので、可視化できるノートをお勧めします」

書くことによってコミュニケーションをとっていく手法の良さが、この場で確認できた。

この日、「感謝」という言葉が会場にあふれた。

引きこもっている当事者だけでなく、家族もどうしていいのかわからず、声をあげられないまま孤立して思い悩む。

そんな個々の当事者や家族と社会をつなぐクッションのような場が、とても大事だ。

 

そこに行けば、それぞれのつらく苦しい思いを受け止められる人たちがいて、新たな出会いのきっかけとなる。そんな多様で緩やかな関係性を再構築していける場づくりが、それぞれの地域に課せられているのではないか。

 

引用先 ダイヤモンドオンライン

http://diamond.jp/articles/-/78223

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