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家族5人を殺傷した引きこもりは なぜ「ネット解約」に殺意を抱いたのか

2010.05.06

「引きこもり」という言葉が、メディアでも再びクローズアップされるようになった。

 きっかけの1つには、4月17日未明に愛知県豊川市で起きた一家5人殺傷事件の影響もあるのだろう。容疑者の長男(30歳)は、約15年間、家で「引きこもり」状態にあったことがわかり、全国で同じような状況にある当事者や家族に、大きな衝撃を与えた。

 あまり報道されていないが、5日前の4月12日にも、北海道北見市で、やはり「引きこもり」状態だった長男(23歳)が、両親を殺傷する事件を起こしている。とはいえ、このような殺人事件にまで至るのは、これまで表面化したケースを見る限りでは、年間に数件程度だという。

 厚生労働省の訪問面接調査によると、20~49歳の対象者1660人のうち、平均で1.2%が、これまでに「ひきこもり」を経験していたと、2010年2月、内閣府主催の公開講座の中で公表している。08年度の20~49歳の人口は、5118万2000人だから、単純計算すれば、20~49歳の「引きこもり」経験者は、61万4000人余りに上る。

 しかも、自らが「引きこもり」であるとは思っていない人や、言われなき中傷を恐れて、身を隠したがる当事者も少なくない。そもそも、地域に潜在化して引きこもっている以上、面接官による訪問調査自体を拒絶している可能性も容易に想像がつく。

 一方、子どもがいる世帯の0.5%は「ひきこもり」状態の子どもが現在、家にいると回答。我が国の25万5510世帯に「ひきこもり」者がいるとも推計している。

 NPO「全国引きこもりKHJ親の会(家族会連合会)の奥山雅久代表は「世間体を気にして、引きこもりの存在を隠す家族も少なくない。実際には、この数倍以上に上るのではないか」と指摘。一説には、100万人とも200万人とも推計されている。

 そんな膨大な数の中で、殺人事件が年に数件程度ということだから、事件化するのは希有な例といっていい。

ネットと身近な家族を「世界のすべて」と感じてしまう

 さて、豊川市の事件の場合、長男が殺害された父親(58歳)のクレジットカードを勝手に使い、ネットオークションなどで200~300万円の借金をつくっていた。そして、インターネットの回線を止められたことが事件の引き金になったという。

 家族は、「ネットを解約するように」と警察や県などからアドバイスを受けていたことが、一部報道で報じられている。しかし、長男にとってネットを切断されることは、社会との唯一の接点を遮断されることでもあったのかもしれない。

 一般的に、心を閉ざして社会的な経験や対人関係の機会が少なくなる当事者にとっては、ネットや身近な家族のような存在が「世界のすべて」のように思えるのだろう。

 しかし、現実の世界では、ややこしい人間関係の中で自分の思い通りに上手く行くことのほうがむしろ少ない。日々生活していくためには、柔軟に対応し、どこかで妥協もして、バランスを取っていくような大人の対応が求められる。

 もし、長男や家族がネット以外にも引きこもり関連の勉強会や専門機関、居場所などで交流や相談ができて、自分の状態を客観的に理解できていれば、こうした悲劇を防ぐことができたのかもしれない。

国も精神障害の存在を認識「新引きこもりガイドライン」公表へ

 一方、メディアで「引きこもり」という言葉が取り上げられるようになった、もう1つの理由がある。

 2010年5月末~6月頃の予定で、新たな引きこもり対応ガイドラインが公表されることだ。

 以前も報告した通り、新ガイドラインでは、相談に訪れた引きこもりの人たちを診断したところ、大半のケースで「発達障害」や「不安障害」「パーソナリティー障害」など多様な精神障害の存在が疑われていると指摘。これまでのように、引きこもりを「漠然とした社会現象」として見るのではなく、「精神保健・医療・福祉・教育などの専門機関の支援を必要としている」などと規定している。

 もちろん、すべてが「引きこもり」を起こした原因ではなく、長期化によって心身がガタガタになり、偏りが出てくるような2次的な障害もあるのだろう。ただ、「怠け者」とか「甘え」ではなく、本人のやる気や努力だけではどうにも体が動かなくなる、目に見えない特性というかメカニズムであることが、国の研究報告で明らかになった意味は大きい。

引きこもりの2大要因!!「不登校の延長線上」「社会からの離脱」

 実は、豊川市の事件の起きる2日前にも、TBSラジオの『Dig』という番組から、突然、電話生出演の依頼があった。

 テーマは「社会参加ができない、挫折から立ち直れない、ひきこもり問題を考える」という第1部。パーソナリティーは、荻上チキさん、外山恵理アナウンサーで、スタジオには精神科医の齊藤環氏がゲストで呼ばれていた。

 番組スタッフは、ちょうどその頃、産経新聞が報じた『40歳でゲーム漬け…ひきこもりも高齢化 人格固まり抜け出せず』という記事があったことも理由に挙げた。

ちなみに、同紙は大阪の10代の子供をもつ親の会に最近、大人の引きこもりを持つ親の参加が増加。30代の長男は、「自分1人で昼ご飯を食べるのが嫌」と部屋にこもった。親が「将来どうするの?」と尋ねても、長男は「いつでも働きに行ける」と言うだけ。また、40代の長男も、昨年3月に解雇されて以来、外に出なくなり、食事は「口に入れるものがあれば何でもいい」と、その日暮らしの生活であることなどを報じていた。

 番組では、外山アナが「引きこもりというと、ずっと閉じこもって、1日中DVDを見たり、パソコンやったりというイメージがある。休みのときは、私も3日くらい、出たくないことはあるが…」と、「引きこもり」の“基準”を質問。斎藤氏は「実際には、外出するかどうかは大きな問題ではない。6カ月以上、仕事などの所属がなく、社会に参加していない。家族以外に親しい人間関係がまったくない」ことを挙げた。

 この中で斎藤氏は、大分県精神福祉センターの実態調査によると、部屋に籠もりきりで様子がわからない引きこもりは、全体の1割にも満たないというデータを紹介している。

 外山アナから「引きこもりは、ひと括りではないのか?」と振られた筆者は、「10年ぐらい前は、不登校の延長線上にある若年者のイメージがあった。しかし、最近取材してきて思うのは、職場にいる人たちが“起きられない”“体が動かない”などと出勤できなくなって、そのまま引きこもっていく人たちが増えている。不登校の延長で長年引きこもっている人たちと、社会から離脱して復帰できなくなってしまった人たちの2つに大きく分かれている」と答えた。

 すると、荻上氏は「ツイッターでも、中高年と若年者をしっかり分けて掘り下げて欲しい、社会経験があるかどうかで分けて考えないといけないという意見が来ている」と、書き込み内容を紹介。筆者は、「体が動かなくなるメカニズム的な根っこは、変わらないのかもしれない。思春期の頃に何らかの原因があっても、たまたま問題視されなかったり、気づかれなかったりしたまま、会社に就職し、何かの拍子でプツンと切れてしまったのではないか」と、取材の印象を話した。

 これに対し、「元々、爆弾のようなものをどこかに抱えていたのでしょうか」「ずっと我慢してきて、大人になってから爆発しちゃったのでしょうか」などと質問された。

 筆者は、「企業も合理化で、激しい競争の中、割安で良質な新商品を求められている。昔の会社は家族主義だったが、今は会社も上司も余裕がなくなって、こぼれ落ちる人たちを支えきれなくなっている。新しい引きこもりの層が出てきた」と、「引きこもり」に突入する入り口が身近にグッと広がったのではないかと指摘した。

 中でも興味深いのは、斎藤氏が「厚労省のひきこもり研究班の最終報告書は難航しているが、私は実質調査を担当している。67例のデータをみると、平均年齢は32歳。これは驚くべき数字で、20年前に比べて10歳も上がった」と報告している。

斎藤氏は、高年齢化の原因として、「20年前に引きこもっていた人たちが、まだ抜けられずにいることと、ひきこもり始める年齢の上昇」を挙げる。そして、「かつては90%くらいが不登校の延長だった。今はかなりの割合で、就労経験者が増えてきている。私は、この問題を20年やっているが、信じられない事態だ。一時期まで“仕事やってたやつは、引きこもらないだろう”と本気で思っていたが、その常識が通用しない世界になってきている」と驚いてみせた。

多くの引きこもりを追い詰めた
「ニート」という言葉

 もう1点、「ニート」の問題についても言及があったので、少し触れておきたい。

 以前も指摘したように、一時期、国は税金を使った支援対象として「ニート」という言葉を蔓延させ、「引きこもり」も「ニート」の中に一緒くたにされてきた。しかし、「ニート」はテレビを中心に得体の知れないイメージが増幅され、中傷の対象にされたことで、「引きこもる」人たちがますます潜在化していく原因の1つにもなった。

 荻上氏は「テレビで、ニートの青年が“働いたら負けかなと思っている”と発言し、そのキャプチャーだけがネット上で貼られていって、ニートや引きこもりは、こういうやつらなんだ。モラトリアムを楽しむロクでなしだ、というイメージで語られていましたね」と紹介した。

 筆者は「ニートという言葉は弊害だった。こういう括られ方をしてきて、本人たちは、中傷の対象になるから目立つことはやめようと世間を気にし、ますます潜在化していく。一方で、ニート支援は、34歳までしか対象にならない。35歳以上の引きこもりが行政機関に行っても、支援を受けられずにたらい回しにされてきた」と報告。国はこの間、働きたくても働けない高年齢の「引きこもり」たちを置き去りにしてきたと指摘した。

 荻上氏は「仕事を探し続けていても、不況の中で見つからない。探しに行く交通費がもったいないとなると、そこで諦める。すると、定義上、その人は失業者ではなく、ニートになる。だから、失業者カウントにも問題のある定義ですし、ニートの側にとっても、気力やヤル気に還元されがちなイメージが付いてしまうので、ニートの定義を見直すべきだという意見には賛成します」と答えた。

 働く意欲でまとめてしまって対策を区別していいのか。若年者だけの問題に絞っていいのかという根本的な問いかけでもある。

 豊川市の事件も、「引きこもり」問題が国に無視されてきた結果、家庭内で行き詰まり、起こるべくして起きた事件ともいえる。

 彼らが社会から離脱することは、国にとっても大きな損失だ。個々の疾病とか、意欲とかの問題ではなく、「引きこもり」に特化した支援のあり方が今、改めて問われている。

記事詳細 ダイヤモンドオンライン
http://diamond.jp/articles/-/8039

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