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衝撃だった川崎殺傷事件の真相解明と社会の対応は果たしてどこまで進むのか

2019.07.12

5月28日に起きた川崎で児童らが無差別殺傷された事件からもう1カ月半が経過した。マスコミの続報もほとんど途絶え、容疑者も現場で自殺したため、今後、真相がどこまで明らかになるのか危惧する声が広がっている。真相が解明されないと、言い知れぬ恐怖だけが存続することになる。しかも、社会も再犯を防ぐ手立てが何ら講じられないことになる。
 連続幼女殺害事件の宮崎勤死刑囚(既に執行)や相模原障害者殺傷事件の植松聖被告など、凶悪事件の当事者と何人もつきあってきて思うのは、この30年ほどの社会のシステムが時代の変化に十分対応できなくなっているのではないかという危惧だ。死刑が究極の刑罰とされるが、川崎事件のように死を覚悟して無差別殺傷を行う人間に、死刑は何の抑止効果も持ち得ていない。
 今回、川崎事件とその後に起きた農水省元次官の事件で、多くの人が認識を新たにしたのは。中高年の引きこもりという存在だった。考えてみれば引きこもりの存在が議論され始めてかなり年月が経つのだから、高齢化が起きていて不思議はない。でも、今回クローズアップされたのは、そういう時代の変化に社会の側が対応できていない現実だった。東京都が引きこもり対策の部署を青少年治安対策本部から移管させたのも、内閣府が引きこもりの調査から対象年齢38歳以下という条件をはずしたのも、比較的最近のことだという。
 私の編集する月刊『創』(つくる)8月号は、表紙を川崎事件の犯行現場写真にし、この事件と引きこもりの問題を特集している。ここではそこで提起されたことを幾つか紹介したいと思う。登場いただいたのは、精神科医として引きこもりの問題に関わってきた斎藤環さんと、KHJ全国ひきこもり家族会連合会の広報担当理事の池上正樹さんだ。池上さんは今回の事件では家族会連合会理事としてマスコミの取材を受けているが、もともとフリーランスのライターで、引きこもりの問題をずっと追い続けてきた。『創』にも何度も執筆してきたライターだ。
 それぞれ二人の話から主な部分を紹介しよう。
引きこもりの高年齢化を象徴した事件
 まずは斎藤環さんの話だ。
《川崎の事件で注目されたのは、これまで引きこもりの人物による通り魔殺人というのは20~30代の若者の犯罪と思われていたのが、今回は51歳という中高年だったことです。これは、引きこもりの高年齢化、いわゆる「8050問題」を象徴するような出来事だったといえるかもしれません。
 3月に内閣府がシニア引きこもりの人口が61万人という発表をしたのですが、その2カ月後にこういう事件が起きたというのは極めて象徴的です。引きこもりに対する社会的関心が高まっており、きちんと議論しないといけないと思います。》
《実は、引きこもりの高齢化については、内閣府の調査データが発表される前から、いろいろな人が指摘していたし、私も学会で発表していました。その意味では、別に目新しい問題ではなかったのです。厚労省は、引きこもりの新しい見方が必要だとか、そういう見解を表明していますが、認識が遅すぎるだろうと思いました。
 高齢化の問題も含めて、今回、引きこもりについていろいろな議論が起きています。川崎の事件の容疑者は、雀荘で働いた経験もあり、社会性がそれなりにある人だったようなので、典型的な引きこもりとは少し違うのかなという気もしています。
 テレビ報道は、彼の部屋にテレビとゲームがあったという間抜けな報道をして失笑を買っていましたが、むしろ驚くべきは、テレビとゲームしかなかったことです。どうしてこの人にはこんなに趣味的な世界が少ないんだろう、何もない生活を送っていたんだろうかと疑問を感じました。一般的に言えば、引きこもっている人には、もう少し物を溜め込んでいたり、ゴミ屋敷に住んでいたりとか、そういうところがあるのですけれども、この人には本当に何もない。
 スマホもパソコンも使っていなかったことも意外だという報道がなされていますが、それは引きこもりに対する誤解です。インターネットを全然使っていない引きこもりの人は少なくないのです。テレビも見ない、本も読まない、ネットもやらない。一日呆然としている人は結構います。》
《彼は両親と早くに死別し、伯父夫婦の家で暮らしていたというのですが、この環境の違いは非常に重要だと思っています。伯父夫婦のもとで彼らの実子と差別を受けて辛い思いをしていた可能性があるとも言われていますが、通常の引きこもりに比べても孤立感は強かったのではと感じざるを得ません。
 一般的に言えば、引きこもっている人のほとんどが犯罪に至らないのは、家族の存在が歯止めになるからです。家族への想いがあることが大きいのです。でも虐待を受けていたり、絆が希薄だったりした場合、家族の縛りがないことが背中を押してしまう。あるいは、そういう気持ちが湧いてきた時に歯止めをかける要因が少ない。事実関係も十分わからないし、伯父夫婦に責任があるなどと言うつもりは全くありませんが、彼がどんなふうに孤立感を深めていたかは気になります。》
家族内暴力と通り魔的犯罪のベクトルは全然違う
《今回の事件では、幼い子どもたちを無差別に殺傷したという点が、社会に大きな衝撃を与えたことは間違いありません。でも、これは分けて考えていただきたいのですが、彼は伯父夫婦には暴力をふるっていなくて、外側で暴発させた。家庭内暴力と通り魔的犯罪のベクトルは全然違うんです。

 引きこもりの20年の歴史を振り返った時に、厚労省の定義に沿った引きこもりの人が犯罪を手掛けたことは多く見積もっても数例しかありません。母集団は、私の推計では200万人ですけれど、内閣府の調査だけでも100万人以上いる。ところが彼らが起こした凶悪犯罪は数件もないとなると、いかに頻度が少ないか。引きこもりを犯罪と結びつけるのは、かなり無理があると言わざるを得ないわけです。
 マスメディアにも、ぜひその辺を考えて報道してほしいと思うわけですが、目立った部分だけピックアップすると、どうしても安易に結びつけてしまう傾向があると思います。
 そんなふうに、外へ向かっての暴発は少ないのですが、引きこもりの場合、家庭内暴力は多い。全体の10%程度に慢性的な暴力が伴う、50%に一過性の暴力が伴うというデータもあります。家庭内暴力と引きこもりは親和性が高いということは、否定できません。
 ですから、今後怖れるべきは、通り魔ではなくて家庭内暴力に困った家族が本人を殺してしまうとか、あるいは親が殺されてしまうとか、無理心中未遂をするとか、そういうケースです。そういうリスクが今、非常に高まっていることを考えるべきだと思います。
 その意味で、農水省元次官の長男は引きこもりの典型例に近いと思います。ネットゲームをやっていたようで、ネットには知り合いがいたようですが、リアルな友人関係もなく、社会参加もしていない。ただ、ゲーム三昧というのは、「アクティブな引きこもり」という変な言い方ですが、そういう印象はあります。》
《本当に不幸な事件でしたが、せめてこの機会に、引きこもりに対する社会の関心が高まってほしいですね。引きこもりは若者問題というくくり方をされてきたことも大きな誤りなのです。
 今回内閣府の調査が行われた理由の一つは、前回の調査が対象を39歳で切っていたことで相当、批判されたんです。平均年齢30代半ばという集団に対して39歳の上限で統計をとるとは何を考えているんだろう。どう考えても引きこもりは50代くらいにもいることはわかるわけですから。私の推計では、引きこもりは推定200万人はいると思われます。ちゃんと対策をとっていかないと、本当に深刻な状況になっていくと思います。》
背景にある引きこもりへの誤解と偏見
 次に池上正樹さんの話だ。
《私が広報担当理事を務める「KHJ全国ひきこもり家族会連合会」では、宮崎大学の境泉洋准教授が会員を対象に調査したデータを公表しています。その2017年度の調査によると、現在引きこもっている会員の中で家庭内暴力を起こしているのは3・3%。100人に3人強です。
 この比率をどう見るかですが、今回の事件についてマスメディアは「事件を起こした=引きこもり=家庭内暴力」という感じで事実の一部を切り取った報道をしている。引きこもり状態の人が皆、暴力事件を起こすという誤解が流布されている印象があります。
 引きこもる人に若い人が多いというイメージも誤りです。内閣府が3月に公表したデータで中高年の引きこもり状態の人が多いということが明らかにされていますが、私たちKHJ家族会ではかなり以前からそのことは指摘していたのです。40歳以上の割合が多いという実態は、全国53支部の会員を対象にした調査でも示されてきました。
 内閣府の調査でも40歳以上の引きこもりが61万人、30歳以下を含めると百何万人とされています。これは本人調査なのですが、自分は引きこもりではないと思う人は回答していないので、実際には恐らくその2倍はいると思います。
 中高年の引きこもりが増えているというのは、現場を知る専門家は以前から提言してきたし、地方自治体の調査でも40代以上の割合が5割とか6割とか言われていた。佐賀県の調査では7割を占めていて、高齢化が進んでいることは、国の認識が遅れていたわけで、地方自治体では以前から調査データを発表していたのです。》
なぜ追いつめられたか解明が必要
 《容疑者は51歳だったと言われていますが、本人が現場で自殺してしまったこともあって、なぜあの事件を起こしたのか解明するのは簡単ではないと思います。 
 引きこもり当事者たちのこれまでの事例を考えると、社会とか学校とかで傷つけられたりして、争い事を回避していく、真面目で優しいタイプが多いんです。そういう人たちは「社会は怖い」と思っているので、社会から退避して、結果的に自分にとって一番安心である自宅が居場所だと感じて引きこもっているわけなのです。
 だから、そういう人が理由もなく外へ飛び出していってあのような事件を起こすというのは、考えにくい。ということは、今回のケースは、本人の中で何かが起きていた、危機的な状況が起きていたということでしょう。「自分の命を脅かされるかもしれない」といった差し迫ったものが外部からもたらされると考えたとすれば、外に向かっていくということはあり得るかもしれません。
 例えばいじめられた相手とか、守ってくれなかった親とかに対して、自分は死んでもいい、社会から必要とされない存在だと思った時に、自殺を考える。しかも親への復讐、あるいはいじめた相手への復讐ということを考えて、どういうやり方をすると一番彼らが嫌がるかということを考えて実行する。そういうことはあり得るとは思いますが、今回の事件がそうだったのかは、何ともわからないところです。》
「家族会」に外部から問い合わせが殺到
 《私たちKHJ家族会は、引きこもりの家族の会としては唯一の全国組織で、川崎の事件の後、6月1日付で見解を出しています。それから、6月23日に全国から支部長が集まる会議がありまして、その会議後に、親の不安な心理に付け込んで、引きこもる子らにウソをついて騙すなどの暴力的な手法で家から外に連れ出す自立支援業者をテーマに、被害者やその親から手口を情報共有するためのメディア懇談会を行いました。

 家族会の会員は、むしろ比較的冷静に受け止めています。横の繋がりもあるし、日頃から意見交換をしてきたためでしょうね。今は会員以外の人からの問い合わせが殺到しています。事件前と比較して20倍~40倍ほどもあるのではないでしょうか。孤立した人がこの社会にいかに多いかということですが、今はそういう相談に追われているのが実情です。
 引きこもりの当事者たちは「世間の目が怖い」「自分も犯人と思われたら怖い」と不安がっています。農水省元次官の事件のように「自分も殺されてしまうかもしれない」という危機感を感じているという相談もあります。一方で家族は「自分の子どもも同じような行為をしてしまうのではないか」「自分も攻撃の対象になるのではないか」と怖がっています。
 この社会では、引きこもりの人たちの居場所がないのですね。彼らは、制度の狭間に置かれた人たちです。障害認定を受けられればサポートも受けられるのですが、多くの引きこもりの人たちは、障害者とは違うと本人や家族が思っていたり、診断を受けたけれども問題が無いと言われたケースが多い。そもそも日本ではまだ偏見も多いし、精神科の受診を受けたがらない人が多いのです。
 さらに、引きこもりの場合、専門家がほとんどいないのです。精神保健福祉センターなどの専門の資格を持った人たちや精神科医でさえ、引きこもりのことを十分理解できている人はそう多くないように思います。だから、よくわからないままアドバイスをして、結果的に本人の状態を悪化させてしまうケースもあります。引きこもりの人たちはセンシティブで感受性も強い場合が多いので、そういう人たちへの接し方というのは、丁寧に関係性を作っていかないと、彼らはいきなり外部から入ってくるものに対してはものすごい脅威を感じるんです。だから、今回の川崎の件もどこまでどういう対応をしたのか、情報を開示する必要があると思います。》
引きこもり対策の部署が治安対策本部にあった問題
《そもそもこれまでは、引きこもりというと若者特有の問題、そして仕事に就けない人の問題とされていました。だから行政側の担当部署が、若者問題としては青少年部署、また就労支援という面から言えばサポートステーションのような、旧労働省系の部署で対応していた。それ自体、ミスマッチがあります。
 日本には会社=人生という考え方がありますので、就労支援という発想になるわけですが、そもそも引きこもり状態の人たちは、学校や職場に居場所がなくて家庭にこもっているわけなので、それを会社に戻そうという考え方自体が理解を欠いているのです。
 引きこもる人の高齢化にしても、今回の事態を受けて厚労大臣が「新しい社会的課題」だと発言していますが、私たちからすると、何を今さらという感じなんです。それはみんな言っていました。それは国だけでなく、東京都も今年4月から、引きこもりの相談部署が保健福祉部署に変わったばかりです。それまでは青少年治安対策本部でした。不良少年少女の非行・犯罪対策の一環として捉えていたのです。》
《犯罪と引きこもり対策が同列に置かれているという状況では、そういう窓口には怖くて相談することもできない。去年の夏、家族会が要望し、ロビー活動をして、ようやく小池百合子都知事が、年齢制限を撤廃して、青少年治安対策本部から移管しますと発表しました。
 東京都には「ひきこもりサポートネット」というのがあります。これは、支援団体のネットワークなんですが、保健福祉部署へ移管後も、仕組みは従来のままです。これは、やはりゼロから作り直さないといけないと家族会は要望していますが、東京都も今年度に入って、初めて当事者グループからヒアリングを行っているような状況です。》
《家族会自体は1999年に発足して、今は3代目の代表になります。初代の代表、奥山さんという方が家族会は全国組織にしないと相手にしてもらえないという思いで組織を拡大されました。個人で相談してもなかなか行政が相手にしてくれなかったので、役所の人からアドバイスをされたのをきっかけに、全国組織を作ったと聞いています。
 名称も、最初は「親の会」でしたが、やはり兄弟姉妹からの相談が増えているし、親戚、伯父とか伯母でも、悩んでいることがあれば何でも聞いてくださいという趣旨で「家族会」にしました。
 私たち家族会のありようも、引きこもりしている人たちが社会的に認知されず、いろいろなところの狭間に置かれてきたという状況と関わっています。今回の事件を機に、引きこもり問題に対する社会的関心が急に大きくなったわけですが、この機会にしっかりと議論し、対策を考えていく必要があると思います。》
 池上さんたち家族会は6月26日に厚労大臣と面会し、意見交換をした。前述の就労支援と引きこもりについて考え方などを厚労大臣に説明したようだ。こういう議論を、例えば下記のように福祉新聞などの専門紙が報じているけれど一般紙があまり取り上げていないのが気になるところだ。

「就労ありき」は改めて ひきこもり家族会が厚労省へ申し入れ


 あれだけ多くの市民が衝撃を受けた事件を1カ月余で風化させてしまってはいけない。マスコミ報道に携わっている人たちは、もっと多くの問題提起を市民に投げかけて議論を促してほしいと思う。

引用先:https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20190712-00134005/

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