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ひきこもり支援施設を脱走した有名私大卒31歳男性 社会復帰しても収まらない怒り〈dot.〉
2019.07.19
ひきこもりが長期化し、80代の親が50代の子どもの生活を支える「8050」が社会問題になっている。最近では、ひきこもり経験者が、通学中の児童や付き添いの保護者を殺傷した後に自殺した事件や、父親である元農林水産事務次官に殺害されたことが大きなニュースになった。一方で、ひきこもりや発達障害の子どもを抱える親が、本人の意向を無視して民間の「自立支援施設」に預けたことで、トラブルに発展することも起きている。現場では今、何が起きているのか。
2018年3月12日、藤野健太郎さん(仮名、31)の運命は、この日に変わった。
神奈川県内のアパートで過ごしていると、突然、何者かがドアのカギを開けて玄関から入ってきた。そこに立っていたのは、3人の見知らぬ男。後ろには藤野さんの姉が立っていた。そして、姉はこう言った。
「家賃のことで、この人たちが話あるって」
藤野さんは、関東の有名私立大を卒業した後、IT関連企業に入社した。しかし、激務が続いたことで双極性障害になり、4年後に退社せざるをえなくなった。その後、精神科に入院。退院後は母親から支援を受けてひとり暮らしをしていた。見知らぬ男が訪問してきたのは、経済的に自立して生活ができるよう、アルバイト先が決まった矢先のことだった。藤野さんは、こう振り返る。
「2月に母親からの経済的な支援がなくなって、家賃の振り込みが遅れていたのは事実です。ただ、現金は用意できていたので、すぐに支払うつもりでした」
不思議だったのは、家賃の支払いが数日遅れたぐらいで取り立てが家に来たことだ。入居時には、家賃保証会社に保証金を支払っている。そう考えながらも、「すぐに払います」と言ったところ、見知らぬ男は、家の外で話すように言った。ただならぬ雰囲気だった。
「前の会社を辞めてからもアルバイトをしていましたが、入院もしたので働くことのできない時期もありました。それで、とうとう行政関係の人が来て、どこかに連れていかれるんだと思いました」(藤野さん)
日本では、精神障害のために自分自身や他人を傷つけるおそれがある場合、その人を強制的に病院に連れていき「措置入院」をさせることができる。しかし、措置入院は本人の自己決定権を侵害することから、医師の診察が不可欠だ。藤野さんには、医師からの説明はなかった。
藤野さんが車に乗せられてたどりついたのは、神奈川県中井町にある施設だった。そこで、藤野さんは施設に入るための契約書にサインをするよう求められた。アルバイト先が決まっていたので戸惑いもあったが、「行政的な措置ならしょうがない」とあきらめて名前を書いた。藤野さんは、このことを今でも後悔している。
「僕が連れていかれた施設は、病院や社会福祉法人ではなく、『一般社団法人若者教育支援センター』という組織でした。『ハメられた』と思いました」
藤野さんは、子どもの頃から母親との対立が絶えなかった。特に、仕事を辞めた後は生活費をめぐって言い争いになることも少なくなかった。母親が藤野さんを多額な費用が必要となる自立支援施設にあえて入れたのも、対立が激しくなっていた時だった。
藤野さんが入ったのは、同センターが運営する全寮制の「ワンステップスクール湘南校」。ホームページでは、ひきこもりや不登校、家庭内暴力などについて<ご家族の悩みを解決いたします>と書かれ、その解決法として、24時間体制のもと<1つ屋根の下で、家庭の温かい愛情を注ぐ>を方針として掲げている。
藤野さんは、入寮の経緯に納得できなかった。なぜ、自分はここに連れて来られたのか。「人生を奪われた」という怒りが、日増しに強くなっていった。
そもそも、藤野さんは「ひきこもり」ではない。働けなくなったのも、もともとは過労が原因だった。さらに、病院では双極性障害とは診断されずに間違った薬を処方されたため、一時はからだを思うように動かせなくなっていた。
「施設に入っていた人で、ひきこもりは半分ぐらいだったと思います。そのほかは、発達障害や精神疾患の人、親から虐待を受けて捨てられるように預けられた人もいました」(同)
藤野さんの場合、寮での小遣いは月に3000円程度しか渡されず、携帯電話も使えなかった。インターネットの使用も制限されていた。寮生活では、午前中は小学生レベルの公文式のドリルをやらされ、廊下や入り口には監視カメラが備え付けられていた。施設のスタッフには退寮を求めたが、はぐらかされて認めてくれない。それで、藤野さんは決心した。
「脱走するしかない」
決行したのは入寮から4カ月が経過した18年7月。仲間を募って、計7人で夜中に玄関から脱走した。その後、別の福祉施設に保護され、一時的に生活保護の支給を受けた。今では、就職先も決まって一人で暮らしている。
施設側はどう考えているのか。同校の広岡政幸校長はこう話す。
「施設に入る前には、事前に説明し、納得をしてもらったうえで本人からサインをもらっています。プログラムは、いろんなものを取り入れている。公文式は一つのことに集中させる力などをつける目的でやっていましたが、現在はやっていません」(取材の詳細は、本文最後を参照)
今回、藤野さんと一緒に施設を脱走した元入寮者にも取材ができた。その男性は対人関係が苦手で、長年ひきこもり生活を続けていたところ、親に入寮を促された。
「最後は『何か変えないと』と思って自ら入寮しました。でも施設では何もやることがなくて、『ここでは意味がない』と思って脱走しました。規則正しい生活習慣をつけるには良い場所だと思いますが、もっとちゃんとした施設に入りたかった」
別の元入寮者の男性も親の依頼で入寮をすすめられたが、自宅で拒否し続けたところ、最後は「車まで連れていかれた」と証言する。別の男性は、「自分の育てたいように子供が育たないと考える親が、施設に入れる。『子捨て山』のようなもの」と話す。今回、元入寮者の親への取材について広岡氏を通じて依頼したが、広岡氏から「親たちは偏った取材には協力したくないと話している」とのことだった。
なお、入寮時の手続きについて広岡氏は「保護をする時は、必ず自分でドアを開けさせて、自分でドアを閉めさせることにしています。荷物も自分で持たせます」と、本人の意思に反した入寮は行っていないと主張している。
ひきこもり自立支援施設をめぐっては、東京都内の別の自立支援施設に入れられた30代男性が今年2月、施設に対して550万円の損害賠償を求める訴えを起こしている。消費者庁も、民間の自立支援施設の契約や解約をめぐるトラブルについて注意喚起をしている。
ひきこもりの問題に詳しい精神科医の斎藤環・筑波大教授は、こう話す。
「全国の自立支援施設には、ひきこもりの当事者だけではなく、他の精神疾患を抱えている人たちもたくさんいて、適切な治療を受けていない人も多い。なかには、自立支援施設に入れられたことで精神的なショックを受け、フラッシュバックに悩む人もいます。本人の意思に反して施設に入れる行為には合法性がなく、自己決定権の侵害であり、ひきこもりの治療にも逆効果でしかありません」
厚生労働省が定めた「ひきこもりの評価・支援に関するガイドライン」では、「入室を拒否する当事者の部屋へ強引に侵入する」ことは「望ましくない」と記している。また、自立支援施設に入れられた人の家庭は親子関係に問題があることも多く、斎藤教授は、「施設に子どもを強制的に入れることで、さらに親子関係がこじれることも多い」と警鐘を鳴らす。
藤野さんも、施設を脱走してから再就職先を見つけ、自立した生活をはじめた今でも、母親と施設への怒りが消えない。現在は、母親への訴訟も視野に入れながら、裁判所で調停を続けている。斎藤教授はこう話す。
「ひきこもりや発達障害の子を抱える親の不安を『ビジネスチャンス』として狙っている業者は多い。高い費用をかけて子どもを民間の施設に入れる前に、適切な医療機関に相談してほしい」
【ワンステップスクール湘南校 広岡政幸校長への一問一答】
──元入寮者の中には、自らの意思とは関係なく入寮させられ、退寮を求めても認められなかったという人がいます。
施設には、自分の意思で来る子もいるし、支援を求めてくる子も、親から虐待を受けて緊急で保護している子もいる。一人ひとりに入寮の事情があるが、強制的に入寮させていることはありません。
保護をする時には、必ず自分でドアを開けさせて、自分でドアを閉めさせることにしています。荷物も自分で持たせます。
退寮については、経済的にも精神的にも自立していれば許可します。
引用先:https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190716-00000116-sasahi-soci
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