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介護と引きこもりの同時発生、どうする「8050問題」
2019.07.19
「川崎で児童ら20人を殺傷」(2019年5月28日)や「元農林水産省事務次官による長男殺害」(同年6月1日)など、ショッキングな出来事が続きました。
私は企業で社員の方の介護相談をしているのですが「実は、親と同居している、ちょっと気になるきょうだいが実家に引きこもっているのですが……」と、「介護」をきっかけとして、「8050問題」の相談に発展していくケースが増えています。
「8050問題」とは何か。「長期間の引きこもりをしている50代前後の子どもを、80代前後の高齢の親が養い続けている」ことで発生する問題です。
引きこもっている子どもは社会との接点がないため、面倒を見てくれている親が病気や要介護状態になっても、誰にも助けを求めることができず、親子共倒れになるリスクが懸念されているのです。
1つ注意していただきたいのは、今回の事件で「引きこもり=危険人物」と誤解されている方がいらっしゃいますが、彼らが大きな問題を起こすことは稀です。また「引きこもりになるのは本人の自己責任」と片づけるのも賛成できません。むしろ私たちが彼らを意図せず社会から排除し、放置してきたことで起きた結果の現象が「引きこもり」ではないかと考えています。
●「引きこもり」と「介護」の同時発生は珍しくない
最初に、「引きこもり」になってしまう原因は何なのか考えてみましょう。理由はさまざまですが、子を持つ親の立場にある方に、ぜひ心に留めておいていただきたいのは、発達障害や精神障害に対して、適切なケアを行うことの重要性です。
日本の社会は、重篤な障害など生きるうえで大きな問題を抱える人に対しては、何らかのサポートを行う体制がかなり整ってきました。一方、生きることに不自由を抱えている人でも、周りが気づきにくい種類の障害で、本人や家族が声を上げないと、支援が受けられません。このため、学校は普通に通えますが、就労が困難で、やむなく引きこもりになってしまう。そういうことがあるのです。
決して容疑者を擁護するわけではありませんが、報道によると、川崎の事件の容疑者は学生時代から、日常生活の中でさまざまな問題を抱えていたといわれています。
私は在宅介護の現場で働いていた10年以上前から、「これは大変な問題だ!」という認識を持っていました。
ある要介護状態のご主人の訪問入浴に伺ったお宅には“開かずの間”があり、奥様から「あの部屋の前は、静かに通ってください」とお願いされました。奥様によると、“開かずの間”に引きこもっている息子さんは長らく仕事をしておらず、ご主人の介護にも非協力的だということでした。
私が介護現場で働いている当時から、こういった状況はすでに、珍しいことではなかったのです。そのため私にとって「8050問題」はすぐそこにある問題として、常に危機感を持ち続けていました。
さて、冒頭の企業での個別相談に戻りましょう。
「介護相談」の場なので、まずは親の介護の相談から始まるのですが、「同居している方がいるんですか?」とお聞きしてみると、「親と一緒にきょうだいが住んでいるけど、食事は別々」「親に介護が必要な状態なのに興味や関心がまったくない」「自分たち(相談者)にSOSを出してこない」など、「引きこもりのきょうだいの問題」が次々と浮かび上がってくる。決してレアケースではありません。
「介護が必要な親」と「引きこもっているきょうだい(子ども)」は共依存の関係になることが少なくありません。引きこもりのきょうだいは親のサポートがあって生活できていて、親も引きこもっている子どもを守っていかなくてはという気持ちで頑張り続けます。
ところが親が倒れると「今度は自分が親を世話するのか?」「収入がないままで、これから生活していくことができるのか?」と、親の介護問題が出現します。
介護問題は突然(本当はそうではないのですが)発生し、立派な社会人こそショックを受けます。まして、引きこもりの子どもたちに与える衝撃は大きい。社会的支援とつながるすべや発想を持てず、「親以外には頼れる人がいないのに、どうすれば」とパニックになり、親も子どもも状況が悪化していきます。
●「8050問題」を解決する光
さまざまな問題が複雑に絡み合っていて、しかも自ら「助けて」と手を挙げることがほとんどないため、光が当たりにくく解決が難しい「8050問題」。介護の現場で働く自分も強い危機感を抱き、ずっと「宿題」として抱えていました。ところが企業における個別相談の仕事の中で、この「宿題」にふと光明が見えてきたのです。
松浦さんの連載(単行本『母さん、ごめん。』)で明快に語られているように、介護の問題は、事態の発生、進行にいち早く気づき、外部の支援を仰ぐことがカギ。自力解決にこだわると、事態は確実に悪化します。早く手を打たなかったことのツケは、「8050問題」ではもっと厳しい形で出てきます。子どもが、それまで依存していた親を支えることができないからです。
しかし、親も子どももお互いに依存しあって「外に助けを求める」という発想がなかなか出てこない。
ならば、他のきょうだい、身内が動くしかありません。例えば、会社で介護相談に来た際に、「介護が心配な親と、その家に引きこもっているきょうだい」の存在を認めてもらい、彼ら彼女らの支援につながる行動を起こしてもらう。
恐らくですが、このコラムを読んでくださっている方の中にも、「高齢の親と、引きこもり気味のきょうだいが同居している」という状況の方は少なくないのではないでしょうか。
仕事ができるビジネスパーソンで、判断力も経済力もある。そんな方々に、家族の危機に気づき、まだ気持ちに余裕があるうちに誰かに相談してほしいのです。
もちろん、これは厄介な問題です。親もきょうだいも自らSOSを出さないし、親のサポートさえあれば問題が顕在化しません。そのため「ちょっと厄介で、接触したくない親族」として、あたかも存在しないようにして日々を過ごすことも可能です。誰が好き好んで面倒をひっかぶろうとするものか――。
その気持ちはものすごく理解できます。私も普通の人間ですから。当たり前の感覚だと思います。
それでもなお「あなたに動いてほしい」と訴えるのは、もちろん家族愛やモラルの問題もありますが、最大の理由は「早く動くほど事態の悪化を防ぎ、解決につながる」からです。これは介護とまったく同じです。当事者同士が絡まり合って動けなくなっていることがほとんどなので、外から光を(あなたが)当ててあげる必要があるのです。
●見て見ぬふりで状況は確実に悪化
状況はドミノ倒しのように悪化します。例えば、子どもによる経済的な搾取を受けて、親が介護サービスの費用を支払えない。そんな状況でも、老齢年金などを受け取っていれば、生活保護を受けることが難しい。必要なサービスを受けられないことで、親の体調が悪くなる……といったふうに。
最悪のケースとして、引きこもりのきょうだいによって、介護が必要な高齢者に危害が加えられることもあります。こうなればケアマネジャーや地域包括支援センターが動きますが、危害を加えられていること自体を外の人が知ることが難しい。「8050問題」の事態が悪化していくのは、福祉が「早期に介入していくこと」が難しいため、とも言えるでしょう。
しかし、身内に一人でも危機感を持つ人がいれば、解決に向けての突破口が生まれます。例えば、ケアマネジャーが把握できていなかった家庭の中のことを離れて暮らしているきょうだいが、状況を克明に伝えることがサポートのきっかけになります。
親も同居する子どももSOSを出せないのならば、それに気づいたきょうだいや家族が代わりにSOSを出すしかありません。
川崎の事件では、親族が川崎市の相談機関にたびたび相談をしていたということですが、すでにそのころには問題が複雑化し、支援が難しいものになっていたと思われます。
●「公」に頼ることへのためらいは無用
もうひとつ、介護もそうですが、こうした「家族の問題」を、「公」である福祉に頼るのは、「よくないこと」と捉えている方もいることでしょう。
しかし、その結果として、ギリギリの状態になってから「福祉」が介入することになってしまいます。支援する側からしますと、「もっと早い段階からSOSを出してくれれば、こんなに困難なことにはならなかったのに……」というやるせなさと、福祉がまだ身近なものになっていないことを実感させられる瞬間でもあるのです。
「きょうだいの引きこもり問題」はソーシャルワーカーへ
さて、こういう個別相談では、例えば「介護の前段階として、まずはきょうだいの問題を解決しましょう」とご提案します。
もちろん「いや、まだそこには触れたくない」という返事をされる方もいらっしゃいます。そういう場合は、福祉は考えているより身近なもので、もっとSOSを出したり、頼るべきだとご説明します。ご本人の意向に沿って、最初は「親の介護問題」をきっかけにケアマネジャーと連携をしつつ、「引きこもりのきょうだい」の問題を併せて解決できるように、保健センター(保健所)や行政の障害福祉課などにアプローチして、専門機関を受診してもらう流れを作るようにしています。
「親の介護問題」に関連したサポート、という位置付けなので、ケアマネジャーにかかる負担が大きくなります。意外かもしれませんが、ケアマネジャーの研修では「家族の支援」についても学びますので、これは当たり前のスキル、ではあります。
しかし、正直に申し上げれば、多職種が連携する必要があり難易度の高い支援だと思います。よい結果につながるかどうかは、担当ケアマネジャーの資質に左右される部分が大きい。
それでも、もしあなたが一連の事件でなんとなくでも危機感を抱いたならば、どうか一歩踏み出して、誰かに相談してください。きょうだいのことであれば、地域の保健センター、ひきこもり地域支援センター、親のことであれば地域包括支援センターなどがその相談先となるでしょう。
勇気を持って一歩を踏み出したにもかかわらず、窓口で「〇〇という“診断”がない限りは支援ができない」と言われてしまうケースもあります。それでもどうか立ち止まらず、医療機関に相談へ行ってください。「大人になっても“発達の問題”を相談できますか?」という質問もよくありますが、メンタルクリニックなど対応可能な医療機関で診断を受けることが可能です。
たとえ最初に相談した機関では期待が持てなくても、引きこもり支援のNPO、当事者団体などがそれぞれの地域にあります。できる限りさまざまなサポート機関に相談してみてください。
●「引きこもり」こそがSOSのサイン
引きこもりの人はSOSが出せない、と申し上げました。しかし考えてみれば、引きこもっていること自体がSOSです。
「引きこもりのきょうだいはいるけれど、まだ何も問題が起きていない」と考えるのではなく、「問題が起きていなくても引きこもっている」状況で、誰かに相談していいのです。実はすでに問題は起きています。社会的に孤立している時点で、深い悩みを抱えて、社会的サポートが必要な状態なのかもしれません。
そして、こちらが「孤立している」と思っている人は、「社会に排除され、理不尽な目に遭っている」と思っているかもしれません。その状態で、怠け者というレッテルや「努力が足りない」という社会の圧力、さまざまな攻撃を受け続けて生きてきたのです。
普通に考えて、そんなふうに自分を拒絶している相手(社会)にはSOSを出せません。結果として、自分の居場所は、親が守ってくれる家の中にしかなくなってしまったのです。ですから、「引きこもり」自体がSOSなのです。
たとえ、福祉のプロであっても「自分を拒絶している側の人間だ」と思われていたら、アプローチは一朝一夕というわけにはいきません。じっくりと信頼関係を築く時間が必要になります。そのためにも、「親の介護」と同様に、「まだ問題が起きていない」と思っている段階から、何かしらのアクションを取ってもらいたいのです。もちろん、直接自分自身が関わらず、プロを頼り、外側からサポート体制を考えることも1つの手段です。
そして、これはずるい言い方に聞こえるかもしれませんが、もしあなたが「自分自身の関わり方を最低限にしたい」と考えるならば、早めにこういう対応を取ることが必須です。
このコラムを読んで、ご自身の家族の中に「SOSが出せない人がいる」ということに気づく方が一人でも増えたら、と祈っております。
引用先:https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190719-66716264-business-soci
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