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充分な生活費を入れずに妻を苦しめる経済的DV夫 その呆れた言い分
先の見えない日々に、イライラを募らせる人が増えている。夫婦間もまた然り。妻を支配下に置き、不平不満をぶつける人も多い。年間200あまりの家族の悩みにアドバイスする家族問題カウンセラーの山脇由貴子さんはそうした妻の声にどう耳を傾け、夫婦の関係性をどう変えていくのか。実際に山脇さんのもとに駆け込んだ女性のケースを紹介する。 【写真】家にはわずかなお金しか入れずに高級クラブ通いを続ける「DV夫」の言い分とは?
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「うるさい」「何度も言うな」「お前のやりくりの問題だ」
相談にいらしたのは、夫からの生活費のことで悩んでいる女性でした。 夫/高橋浩司(47歳)会社員 妻/佐知(42歳)契約社員 娘(11歳) カウンセリング初回はハーブティーをおいれし、私はあまり口をはさまずに、お悩みの内容を具体的にお聞きします。佐知の悩みは、夫が充分な生活費を入れてくれない、というものでした。 「夫はもともと、お金にはうるさくて、生活費も最低限しか入れてくれませんでした。何かと『もっと倹約できるだろう』とばかり言われていました。でも食費は5万円しかくれない月もあって、子どももいますし、どうしても足りない、とお願いして少しずつ出してもらうような生活でした」 私は佐知に夫の給料を尋ねましたが、「知りません」と首を振ります。夫は佐知に給与明細を渡さないそうですが、大手企業に勤め、年齢的に考えてもかなりの額はもらっているはずだと言います。 「私も契約社員ですが、仕事はしていますので、足りない分は私のお給料からも出しています。でも、私の貯金も取り崩すようになってきているので、これから先もこうしたことが続くのかと思うと心配で。もちろん私は欲しいものはすべて我慢していますが、食費が足りなくなると、子どもが食べたいものを食べさせてあげられないので辛いんです」 私が「ご主人は何にお金を使っているんですか?」と尋ねると、佐知はこう答えました。 「聞いても答えてくれませんけど、高級クラブやラウンジに通っているのはわかっています」 クリーニングに出す時に、浩司のスーツのポケットから、お店のカードや名刺が何度か出てきたことがあったのです。 「問い詰めてはいません。きちんと生活費を入れてくれさえすれば、文句を言うつもりはないんです。それに、責めたら、逆に余計にお金をくれなくなるんじゃないかと思って」 浩司は、佐知がお金のことを持ち出すと、「うるさい!」「何度も言うな!」「お前のやりくりの問題だ!」と言って、それ以上相手をしてくれず、話し合いにならないのだそうです。その一方で、佐知のお金のことは、当然のようにクレジットカードの明細をチェックされ、一つひとつ何を買ったのかを確認され、「なんでそんなもの買ったんだ!」と怒鳴られることもあるのだそうです。 「その時の口調が強いので、私はそれ以上何も言えなくなってしまって」 経済的DVに加えて心理的DV。今や昔のように右肩上がりに給料が上がっていく時代ではなく、将来が不透明な昨今、意外に多い夫婦間の問題です。しかも、プライベートなお金の問題とあって、妻が誰にも相談できずにひとり抱え込んでいる場合が多いのです。
カウンセリングに来たことを夫に伝えられない
佐知には、浩司に怯える気持ちが芽生えつつあり、お金のことも強く言えなくなっていました。浩司を交えて、お金について話し合いをすることが必要ですが、この状況では、それは難しいだろうと思いました。 浩司は自分に問題がないと思っている可能性が高く、佐知がカウンセリングに行った、ということすらも、責めるかもしれないからです。カウンセリングに来ていることを夫には言えない、という妻を私はこれまでにも数多く見てきました。 それでも私は佐知に聞いてみました。佐知の反応を見ることで、恐怖心の強さを知るためです。 「ご主人を連れてくることは難しいですか?」 佐知は首を大きく振りました。 「カウンセリングに使ったお金のことで責められると思うので、そんなこと言い出せないです」 予想通りの答えでした。今後について佐知の考えを知るために、私は尋ねました。 「離婚を考えたことは?」 「ないわけではないですが、コロナの影響で私の仕事もぐっと減ってしまったので、離婚したら生活していけません。それに、夫は離婚には応じないと思います」 それはどうしてなのかと尋ねると、 「一度だけ、『生活費を入れてくれないなら、もう一緒に暮らせない』と言ったんですが、『俺は離婚しない』『離婚するなら生活費も養育費も払わない』って言われて……」 見栄っ張りで、自己中心的。妻の気持ちには配慮しない夫。そんな浩司像が浮かんで来ました。 「それに……」 佐知は続けました。 「わからないんですけど、借金があるんじゃないかって……」 「借金?」 思わず私は聞き返しました。 「確証はないんですけど、一度、カードの引き落としができなかったことがあって。その時は娘のピアノの発表会の洋服を買う、と事前に許可をもらっていたんです。それなのに引き落とされなくて、督促状が来ました」 「ご主人に聞いたんですか?」 「それは、さすがに聞きました。でも、『何かの手違いだろう』みたいなことを言われて誤魔化されて終わりました。私がすぐに振り込んで終えたんですけど……」 さらに佐知は言います。 「お金の出し渋りもひどくなっているんです。食費を3万円しか渡してくれない月もありました。私もこれ以上貯金を取り崩すのは不安なので、『これじゃ足りないから』って何度お願いしても5000円しかくれなかったり。もしかして、お金に困ってるのかな?と思って……」 浩司は一体何にお金を使っているのか。それを知る必要があります。 「ご主人の生活の様子が変化したりしていますか?」 「それが、変わらないんです。今はお店も早くに閉まっているはずなのに、帰宅は深夜だし」 浩司の生活に謎が多すぎます。実際に借金をしているのであれば、その額も知らなければなりませんし、返済方法も考えなくてはなりません。前述のように、夫婦間のお金の問題の相談は多く、コロナの影響でさらに増えています。 カウンセリングというのは、精神的なことに限られていると思われているかもしれませんが、それだけでなく、お金、暴力、セックスレス、子育てに関する価値観の差異など、夫婦で話し合いが成立しないことはすべてカウンセリングの対象となるのです。浩司の借金について、私は佐知に尋ねました。 「ご主人に聞くことはできませんか?」 佐知はうつむきます。 「私が聞いても答えてくれないと思いますし、怒って終わると思います」 それでも、浩司からは話を聞かなくてはなりません。 「このままの生活は、耐えられないと思ってらっしゃるんですよね?」 私が尋ねると、佐知は頷きます。 「もし夫に借金があったら、渡してくれるお金はもっと少なくなると思いますし、借金返済で苦労するかもしれません。もうこれ以上、お金のことで苦しみたくないんです」
約束事はできれば第三者にいるところで交わす
もう限界。確かに、今お金のことを整理しなければ、今後さらに佐知が苦労するかもしれません。私は、浩司にカウンセリングに来てもらうために、佐知に提案しました。 「少し、家を出る、というのは難しいですか? もちろん、お子さんを連れて、ですが」 浩司に直接、借金について聞くことはできないし、今の生活費では足りないことをきちんと話し合うことも、これまでできずにきています。ですが、第三者を交えた話し合いは必要です。 夫婦の関係もうまくいっているとはいえず、このままでは、子どもに悪影響を及ぼす可能性もあります。夫婦仲が悪い家庭で育った子どもは、大人になってからも苦しみ続けることが多いのです。男性全般が怖い。嫌なことを断ることができずに、性被害に遭ってしまう。人と関わるのが苦痛で仕事が辛い、など影響は様々です。 佐知が、直接浩司に聞きたいことが聞けずに、言いたいことも言えないのなら、距離を置くことは意味があります。メールならば顔を合わせている時よりは、言いたいことが伝えられますし、佐知の「覚悟」も伝わります。浩司が離婚したくないのなら、話し合いに応じるはずです。夫が話し合いに応じない場合、妻が家を出ることは効果があるのです。幸い、佐知の実家が近くにあり、両親も元気だといいます。 「このことを両親に相談して、しばらく実家に身を寄せることはできますか?」 私の言葉に佐知は少し考え、 「どうして今まで言わなかった、とか怒られるかもしれませんし、夫に連絡してしまうかもしれませんけど、力にはなってくれると思います」 娘さんも学校に行くことができる距離だというので、しばらくは実家に身を寄せ、浩司に気持ちを伝えることにしました。 「娘さんの学校に来て、娘さんを連れて行ってしまう可能性はありますか?」 「それはないと思います。娘に対する執着は強くないので」 「実家に来る可能性はありますか?」 「わかりません……」 「もし実家に来て、謝られても、すぐに家には戻らないようにしてくださいね。カウンセリングに来てくれるまで戻らない、と伝えてください」 DV被害に遭っていたり、夫が深刻なアルコールの問題を抱えて、妻が実家に帰っても、夫が来て、「反省している」「もう二度としない」と謝罪すると、多くの妻は期待して、夫のもとに戻ってしまいます。ですが、きちんと話し合いをし、できれば第三者のいるところで約束事を交わす、ということが重要です。でないと、夫は「許してもらえた」と思い、同じことの繰り返しになる場合がとても多いのです。
夫は「離婚だけはしない」と言ってカウンセリングに
次回は、実家に帰り、夫に連絡して、「話し合いをしたいのでカウンセリングに一緒に行って欲しい」ことを伝えてもらった後に佐知ひとりでもう一度来てもらうことにしました。 夫から返信があって、「すぐ戻って来い」などと言われても、カウンセリングに行って欲しいことだけを繰り返し伝えるようにアドバイスしました。浩司はなんとか佐知を引き戻そうと交渉を始めるでしょうが、その交渉には乗らずに、カウンセリング場面でしか話をしない、と伝えることで、浩司のカウンセリングに来る可能性が高められるからです。 浩司のペースに乗らないためにも、浩司の反応を見ながらこれからのことを考えていくことが大事です。そして今の生活が続くなら、離婚を考えることも伝えるように言いました。 「じゃあ、離婚、となったらどうすればいいですか?」 「そうなったら、弁護士にお願いして、きちんと養育費と生活費をもらえるようにしましょう。弁護士も紹介します。でも、まずはご主人の反応を見ましょう」 両親には、これからはカウンセリングで解決していくので、両親から浩司に連絡はしないで欲しいことも伝えてもらうようにしました。 次にやって来た佐知は、少し表情が明るくなっていました。 「夫からは、すぐ返信が来ました。何度か、『帰ってこい』『家で話し合おう』と言われましたが、ちゃんと断って、カウンセリングでしか話し合わない、と伝え続けました」 その結果、浩司はカウンセリングに来ることに同意したのです。浩司に離婚の意思はなく、「離婚だけはしない」と言っているというので話し合いの余地があることがわかりました。 「『1回だけだぞ』と何度も送って来ましたが、返事はしていません」 素晴らしいです。「何度も通って欲しい」と佐知から伝えると、それについての交渉が始まってしまいます。話し合いはカウンセリング場面だけに限ることに意味があるのです。 カウンセリングの日、最初に佐知がやって来て、浩司が後から来ました。一緒に来るのも避けるように伝えてあったからです。私はまず、浩司にストレートにお金のことを聞きました。 「佐知さんはご主人に借金があるんじゃないかって心配しています」 「それは、ありません」 浩司は断言しました。 「でも、カードの引き落としができなかったことがあった、と聞いているんですが」 私がそう言うと浩司は、「確かに、口座のお金がゼロになったことはありました」 と認めました。 「立ち入ったことを聞いて申し訳ないのですが、何にお金が必要なんですか?」 答えづらいであろうことはわかっていたので、私はできるだけ丁寧に聞きました。そして浩司が答えやすいように付け加えました。 「佐知さんはラウンジや高級クラブに通っているのは知っています。そのことに不満を抱いているわけではないのです」 浩司は大きなため息をひとつついた後、答えました。 「そうです。ほとんどが飲食です」 浩司は、同僚や後輩と飲みに行くと、つい、おごってしまう時があるのだそうです。当然、ラウンジやクラブに行けば1回でも相当な額になります。 「見栄っ張りなんでね」 浩司は苦笑しました。 「でも、緊急事態宣言下ではお店もやっていませんでしたよね?」 ちょっと突っ込みすぎかな、とも思いましたが、私は尋ねました。浩司はしばらく黙りこみ、ため息をついてから打ち明けました。 「私は、家で飲むのが嫌なんです。店がやっていない間は、酒と食べ物を買って、ホテルで飲んでいました。その時に、店が閉まっていて暇だ、というラウンジやクラブの女の子を呼ぶこともありました。同僚や部下を誘うこともありました」
「充分な金額は渡していたつもり」と反論する夫に……
お酒代は店よりは安く済むが、ホテルの部屋代、加えて女の子たちにもお金を渡さなくてはならず、結局店に通うのと同じくらいのお金がかかってしまったというのです。コロナ禍にそこまでやる人間がいるのかと驚きました。私は佐知に今の率直な気持ちを聞きました。 「驚いて、呆れています。そんな理由で生活費を入れてくれなかったなんて」 私は佐知の言葉を受けて浩司に言いました。 「佐知さんがカウンセリングに来たのは、充分な生活費をもらえない、という理由なんです。このまま生活費を入れてくれないのなら、一緒に生活するのは難しい、という気持ちもあるんです」 「充分な金額は渡していたつもりです」 浩司が自分の正当性を主張するので私はさらに言いました。 「ご主人が充分と思う金額では、実際には足りないんです。佐知さんは何度もお願いしていると思います。もっと佐知さんの言葉に耳を傾けてあげて欲しいんです。娘さんもいますし、佐知さんは自分の収入が減って、貯金を取り崩してどうにか生活しているんです」 知らなかった、と浩司はつぶやきました。そして、 「正直、妻はお金のことばかり言うので、うんざりして聞く気持ちにならなかったんです」 浩司がそう言うので、私は言いました。 「会話が少なすぎたせいでしょうね」 夫婦のコミュニケーションというのは関係が悪くなっていくと、お互い、要求と文句しか言わなくなります。「やってくれ」と「どうしてやってくれないんだ」。その会話によってさらに関係が悪化していくのです。私は浩司に伝えました。 「もしも離婚したくない、とお考えなら、今後の生活費についても、カウンセリングの中で佐知さんの希望を聞きながら決めていく必要があると思っています」 そして私は浩司に尋ねました。 「今まで飲食に使っていたお金を減らして生活費を増やしてもらえますか? 佐知さんと娘さんのために」 ところが、このお願いに、浩司はYESとは言いませんでした。 「飲食のお金はさすがに使いすぎだとは思っています。緊急事態宣言下でこんなことをしていいはずがない、という気持ちもありました。でも私は外で飲むのが楽しみですし、正直、妻も働いているので彼女も生活費は出すべきだと思います。必要なお金は出しますが、私は自分で稼いだ分は自分で使いたい気持ちもあります」 話し合いは難航しそうです。 「その、必要なお金について、これからカウンセリングで話し合っていきませんか? 何にいくら必要なのか、佐知さんにきちんと出してもらったらご主人も納得できるかもしれません」 次回のカウンセリングはその必要な金額を決める、ということで浩司は一応納得しました。佐知は、話し合いが終わり、生活費をもらえるまでは実家にいたい、と言うので、もうしばらく実家で生活してもらうことにしました。 浩司がちゃんと佐知の望む額を払ってくれるか。外での飲食を減らすことはできるのか。それはこれからの課題です。金額を決められても浩司が払い続けてくれるのかも心配です。その点もカウンセリングで確認していかなくてはなりません。加えてこの夫婦には関係改善、という課題が残っています。 でも、解決すべき課題は1つずつ片付けていくしかありません。一度にすべてを解決するなんて、無理なのですから。まずは浩司がきちんとお金を渡し、佐知とコミュニケーションを増やしていけるか。佐知が家に戻る気持ちになるか。カウンセリングの中でこれから進めていきます。 【プロフィール】 山脇由貴子(やまわき・ゆきこ)/1969年生まれ。横浜市立大学心理学専攻を卒業後、東京都に心理職として入庁。児童相談所に心理の専門家として19年間勤務。現在は家族問題カウンセラーとして活動している。
引用先:充分な生活費を入れずに妻を苦しめる経済的DV夫 その呆れた言い分(NEWSポストセブン) – Yahoo!ニュース