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中学生で統合失調症を発症「計算ができない」「暴言を吐く」「死にたい」今振り返る当時の僕〈dot.〉
  • 統合失調症は脳の機能がうまく働かなくなり、考えや感情がまとまりにくくなる病気です。およそ100人に1人がかかり、10代後半から30代前半の若い世代に発症しやすいという特徴があります。


    榛澤裕一さん(32)は、中学のときに統合失調症を発症して入退院を繰り返しました。現在は、ほぼ症状が見られない安定した状態になり、東邦大学医療センター大森病院メンタルヘルスセンターのデイケア、イルボスコで、若い世代のデイケアを運営する仕事をしています。当時の様子やその後の経過をインタビューで語ってもらいました。前編・後編の2回に分けてお届けします。 (匿名は精神疾患に対する偏見・差別を助長しかねないとの考えのもと、本人の承諾を得て実名で紹介します) *  *  * ――榛澤さんが統合失調症を発症したときの状況を教えてください。  中学2年が終わって春休みに入り、学校のスキー教室があったんですね。そのころから夜眠れなくなり、妙にテンションが高くなって友だちに暴言を吐くなど、おかしくなりました。振り返ってみると、その1年くらい前から毎日頭が痛くて食欲がなくなってうつっぽくなったり、簡単な足し算や引き算ができなくなったり、死にたいと思ったこともありました。  でも「振り返ってみればそうだったな」と思い当たる程度で、当時自分ではおかしいと思ったことはなかった。だから母に「病院に行かない?」と言われたときも、「どこも悪くないのに、なぜ病院に行かなくちゃならないの?」と思っていましたね。  まず近所の内科の先生に診てもらったら、心とからだが乖離(かいり)しているから、専門の先生に診てもらったほうがいいと。そう言われても、よくわからなかったです。紹介された大学病院の精神科で診察を受けると、すぐに薬を処方されました。そのときも病気とは思っていないから「なぜ精神科?」「なぜ薬を飲まなければならないの?」と疑問だらけでした。 ――精神科を受診するのは抵抗がありましたか?  そうですね。当時、精神科が扱う病名で知っていたのは、うつ病や5月病くらい。精神に問題がある人が行く場所だから、自分にはまったく関係ないと思っていました。


    ――治療が始まってからはどうでしたか?  当初、大学病院の先生は躁うつ病(双極性障害)の可能性を考えていたようです。統合失調症なのか、うつ病なのか、躁うつ病なのか、判断が難しかったのだと思います。統合失調症だとはっきりわかったのは、20歳くらいだったかな。それまでは治療もうまくいかなかったですね。  発症当時、中学受験をして入学した私立の中高一貫校に電車通学をしていましたが、中学3年の1年間はほとんど通えなくて、勉強にもついていけなくなりました。なんとか中学は卒業できましたが、そのまま高校に内部進学して通い続けるのは難しかった。母がいろいろ考えて調べてくれて、近所の定時制高校に通うことにしました。 ――最初に榛澤さんの異変に気づいて受診を勧めたのは、お母様だったのですね。  はい。母は「無理に学校に行かなくてもいいよ」と言ってくれて、すごく救われました。あのとき、「せっかく中学受験して入れたんだから、学校行きなさい!」みたいにお尻をたたかれるような言葉を投げかけられていたら、いたたまれなかったと思います。いつも病院についてきてくれて、ありがたかったですね。  父は最初は「急におかしくなってどうしたんだ」と驚いていましたが、学校を休んでいる僕を気分転換に外に連れ出してくれたり、優しかった。父にしてみれば将来こうなってほしいとかいろいろ希望はあったんでしょうけれど、直接言われることはありませんでした。両親も姉も祖母も、家族はずっと支えてくれました。 ――中学の先生やお友だちの反応はどうでしたか?  中学の先生は、今までとは違う僕の様子に「榛澤君、どうしたんだろう」と、ポカンとしたような印象でした。当時は先生も精神疾患についてそれほど知識がなかったでしょうし、母も具合が悪いことは伝えていたけれど精神疾患だとまでは伝えていなかったんじゃないかな。  学校を休んでいる僕を心配して担任の先生が自宅に様子を聞きに来てくれたことがありましたが、あいさつだけして自室に引っ込みました。変なプライドというか、自分がダメになってしまったという思いもあって、先生に合わせる顔がなかった。学校関係の人にはあまり会いたくなかったんですよね。


    僕は卓球部だったんですが、部の顧問の先生は1年生の時からずっと僕を見ていて、あるとき「そんなに頑張りすぎるとみんなも引くし、君の心が壊れてしまうよ」と言ってくれたことがありました。先生はわかっていたんだろうなと思います。  友だちは僕のおかしな行動が病気のせいだとわからないから、普段なら絶対言わないような友だちの悪口を言う僕に対して「なんでそんなことを言うの?」「なぜそんなにテンション高いの?」という反応でした。まだ中学生ですから、無理もないですよね。  でも一緒に電車通学をしていた友だちは、具合が悪そうだ、なにかある、と気づいたんでしょうね。「うちに泊まりに来なよ」と誘ってくれたことがあって、そのことは今も鮮明に覚えています。 ――定時制高校に入学してからはどうでしたか?  最初は「内部進学はあきらめざるを得ないから」というネガティブな感情が強かったですが、高校は自転車で10分くらい。朝起きられなかったから夕方から始まる定時制は好都合だったんですね。日中、母の実家の飲食店でアルバイトをさせてもらって、夜は学校に通ってという生活が、自分に合っていることに気づきました。  すぐに友だちもできて、病気のことも隠さず話しました。自分はちょっとこういう症状があるんだよとか。内心びっくりしていたかもしれませんが、みんな「ああ、そうなの」という感じでごく普通に接してくれました。普通に学校帰りに遊びに行って、特別扱いされることもない。それがとにかくうれしかったんです。  高校側には、入学前に精神疾患にかかっていることは伝えてあったんですね。だから先生が病気のことを理解してくれていて、「ちゃんと薬飲んだか?」「体調どうだ?」などと気にかけてくれました。精神疾患にかかわる知識も豊富。先生がわかってくれていることは、大きな安心感だったように思います。  高校生活はすごく楽しかったですが、病気のコントロールはうまくいきませんでした。薬を飲んでいても十分に症状が抑えきれないこともたびたびありました。


    引用先:中学生で統合失調症を発症「計算ができない」「暴言を吐く」「死にたい」今振り返る当時の僕〈dot.〉(AERA dot.) – Yahoo!ニュース


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