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「引きこもり」の子が関わる事件で、親の責任はどこまで問えるか
2019.06.07
2つの「引きこもり」関連事件当事者である息子たちの声は
5月28日、神奈川県川崎市で51歳の男が私立小学校に通学中の小学生らを包丁で死傷し、自らも首を刺して死んだ。男は、高齢のおじ・おばと同居していた。4日後の6月1日、東京都練馬区で、76歳の父親が44歳の息子を刺殺した。2つの事件の共通項は、「高齢の両親(または血縁者)と、引きこもり状態の息子」という組み合わせと、息子たちの「良好」とは言えそうにもない精神状態だ。
川崎市の事件では、容疑者の男に対する「死ぬなら1人で死ね」という非難が、ネット空間に沸き上がった。4日後の練馬区の事件は、暴力を伴う引きこもり状態にあった息子が同様の事件を起こす可能性を懸念した、父親によるものだった。ネット空間には、父親に対する同情論と共感が沸き上がった。
2つの事件の背景に、引きこもりの「8050問題」があることは、確かではないかと思われる。引きこもったまま中年期に達した子と、高齢化する親の関係の中で、こじれや煮詰まりが年々積み重なっていくことは、大いに考えられる。親が高齢期を迎えれば、介護も必要になる。
そして親亡き後、親の年金や資産を前提に成り立っていた子の生活は、基盤を失うことになる。しかしながら、報道や「ネット世論」を見ていて私が気になるのは、引きこもり当事者の声が聞こえてこないことと、親に対する責任論の2点だ。
2つの事件の息子たちと同年代の引きこもり中年は、少なくとも数万人以上、日本社会のどこかで生きている。引きこもりが原因なのか結果なのかはともかく、「良好」とは言えない精神状態にあることも多いだろう。しかし、ほとんど全員は事件の加害者とならずに毎日を送り、少しずつ老いている。危険な衝動や願望を抱く瞬間があっても、現実化しない成り行きを繰り返す“秘訣”は、当事者でないと語れないはずだ。
そこで私は、引きこもり経験を持つライターで格闘家の遠藤一さん(39歳)に尋ねてみた。すると開口一番、意外な回答が返ってきた。
「もう『引きこもり』ってのは、過去の言葉なんですよ。当事者は使っていません」
「引きこもり」は過去の言葉当事者が求めている自認とは
1979年生まれの遠藤さんは、いわゆるエリート会社員の父と専業主婦の母のもとで育ち、首都圏で進学校として知られる高校に進学した。高校には強い違和感を覚えていたが、不登校にはならず「単位ギリギリで卒業」したという。大学には進学しなかった。
高校卒業後の遠藤さんは、平日の日中は引きこもり、土曜日と日曜日はカメラマンのアルバイトをしていたという。しかし、遠藤さんが閉塞感からリストカットなどの自傷を繰り返していると、「家の中の雰囲気が悪くなってきた」(遠藤さん)。そこで実家を出て1人暮らしを始めた遠藤さんは、アパートでも引きこもった。1人暮らしを始めるにあたっては、自活するつもりだったが、両親は生活費の仕送りをしてくれたという。
もっとも、遠藤さんが高校を卒業してから1人暮らしを始めた1998年から2000年ごろの時期、「引きこもり」という用語は社会でほとんど認知されていなかった。遠藤さんの記憶では、2001年以後、精神科医の斎藤環氏らによる一般市民向けの著述活動から、認知が爆発的に進行したようだ。
「日中は外に出ず、夜になると何か食べるために外に出てイベントに参加したりしていたわけですけど、そういう自分の状態を言い表す『引きこもり』という言葉は、まだ出現していませんでした」(遠藤さん)
遠藤さんの生活を変えたものの1つは、一般社会からハミ出してしまう人々をテーマとしたイベントでの出会いだった。
「参加するイベントには、自分と何らかの共通項のある人が参加しています。そこで、『親と価値観が違う』『生きづらい』といった共通項を認識していったんです」(遠藤さん)
そして21歳で、フルコンタクト空手を始めた遠藤さんは、心身ともに変わっていった。25歳のときには、自活できるようになっていた。現在、現役の格闘家でもある遠藤さんは、国内外の数多くの大会で、優勝や入賞などの成果を挙げてきている。執筆活動と空手だけではなく、いわゆる「引きこもり支援」と呼べなくはない活動も行っている。
「でも、対策や問題解決はできないと思っています。だから、しません」(遠藤さん)
あくまでも、注目するのは「その人」。支援するのではなく、その人をエンパワメントする。その人が「したい」と思えることをできるようになる歩みに、伴走する。
遠藤さんによれば、当事者たちは2012年頃から、「引きこもり」という用語を使わなくなってきたという。2015年頃になると、自己認識の用語としてはほぼ使われなくなったそうだ。では現在、当事者たちはどのような用語で自己認識しているのだろうか。
「自分の症状名の組み合わせです。『広汎性発達障害で、うつ病もあって、HSP(通常より刺激に鋭敏な特性)』というふうに」(遠藤さん)
現在、「引きこもり」という用語を用いているのは、当事者家族や当事者の周辺の支援者たち。小規模ながら歴史を積み重ねてきた専門メディアにも、媒体名に「引きこもり」「ヒキ」といった用語が残っている。しかし、当事者にとっては「過去の言葉」(遠藤さん)ということだ。
引きこもりという用語は
多くの人にとって「安心」となった
そう言われて、私は2003年頃の出来事を思い出す。引きこもり状態の息子について「近隣や親類から白眼視されている」と悩んでいた母親に対して、私の目の前で、ある著名精神科医が「子どもは引きこもってます」と開示するようにアドバイスした。そして、「今は『引きこもり』という言葉があるから、それで『ああ、引きこもりね』とわかってもらえる」と続けたのだった。
「引きこもり」という用語が、ざっくりとした理解のシンボルとして、安心のレッテルとして、数多くの人々を救ってきたことは認めてよいだろう。しかし、自分の人生を生きる当事者たちは、簡単な理解や安心にとどまっていられない。
「親には何の責任もない」改めて確認したい民法の原則
それでは次に、引きこもりの子を持つ親に対する責任がクローズアップされていることについて眺め直してみよう。そもそも、成人した子に関して、親の責任はあるのか。
長年にわたって関西の生活保護の現場で働いてきた元自治体職員・Iさんは、私の問いに対して、まず、親の責任に関する民法の規定を整理した。
子の行為によって親が責任を問われるのは、子が「責任無能力者」である場合だ(民法712条および713条)。具体的には、子が未成年の場合と「精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にあった場合」である。責任無能力者が第三者に損害を与えた場合には、法で定められた監督者が賠償する原則となっている(同714条)。
「つまり、子が責任無能力者である場合にのみ親は損害賠償義務を負うわけですが、『引きこもり』であるだけなら、責任無能力者とは言えませんね」(Iさん)
この規定は、「精神障害者は閉じ込めておかなくては」という考え方の源の1つでもあり、全面肯定はしにくいのだが、ともあれ引きこもりの子を持つ親に責任はない。そもそも、成人年齢をはるかに超えた子どもを、親が扶養する必要はあるのだろうか。
「成人した子と親の関係は、生活扶助義務関係です。『自身の社会的地位にふさわしい生活をした上で余裕があれば援助』という軽い義務です」(Iさん)
未成熟の子に対する重い義務とは異なる。
引きこもりの子と別居することは、親子関係の困難をこじらせないために有効な手段の1つだ。しかし、別居している子に仕送りを続けることは、老いていく親にとっては困難、あるいは不可能かもしれない。生活保護は利用できるのだろうか。
「別居している親が扶養(仕送り)は困難、または少額しかできないという意思表示をすれば、生活保護の利用は難しくありません。別居なら、扶養義務が保護利用の問題となることはありません。扶養は保護の要件とはされていません」(Iさん)
生活保護で別居して幸せに最強の処方箋を現実にできるか、課題は、子の1人暮らしが実現できるかどうかにある。
「最大の壁は、引きこもりの本人を説得する仕組みが不十分なことです。親子関係は良好でない場合が多いので、親が説得することは困難です。行政やNPOなどの専門職が、引きこもりの本人と粘り強く関係をつくり、親世帯から脱出する支援をしていく必要があります。この点の取り組みが弱いため、親から引きこもりの相談があっても、アドバイスでとどまっていることが多いのではないかと思います。引きこもりの子の本人の尊厳を尊重しつつ、もっと積極的に介入していく仕組みが必要なのだと思います」(Iさん)
しかし「積極的な介入」は、どの地域でも、資金難と人手不足から困難であることが多い。児童虐待では、悲劇が繰り返された後、児童相談所のスタッフが増員されることとなった。しかし、単純にスタッフを増員すれば済む問題だろうか。本人たちの望まない支援が強力に押し付けられ、逆効果になる可能性はないだろうか。
介入や支援において、何をすべきであり、何をすべきではないのかを最も知っているのは、当事者だ。とはいえ、何を語っても聞き手の聞きたいようにしか聞かれないのであれば、必死で口を開いた当事者は消耗し、二度と語らなくなるだけだろう。
当事者が安心して語るためには、「うっかり聞き手が困惑することを語ったり、感情を正直に表現したりしたら、精神疾患の可能性を疑われて入院させられるかも」といった恐れのない状況が必要だ。そういう状況は、日本にはほぼ存在しない。
それでも、誰かを殺したり殺されたりする前に語れれば、悲劇的な結末は回避されるかもしれない。まずは、当事者たちの声に耳を傾ける必要があるのではないだろうか。
引用先:https://diamond.jp/articles/-/204847
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