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42歳男性は16年の引きこもり生活をどう脱したか

2015.09.24

高校3年から「妄想」に苦しめられ
16年間の引きこもり生活へ

実家で16年間引きこもっていたという42歳の男性。マンガを読んだり、ゲームなどをしながら、日々を過ごしていたという

 富山県に住む42歳の通称「月空」さんは、周囲との人間関係をうまく築くことができず、実家で16年間にわたって引きこもってきた。

 高校3年生の頃から体調に異変を感じはじめた。自分の思考が抜き取られているかのように、周囲に悟られているような気がしたのだ。

「関係妄想(すべてのことが自分と関係あるもののように思える)です」

 後に、精神保健福祉士(PSW)の資格を取得した月空さんは、そう当時の自分を振り返る。

 その頃の月空さんは、そうした状況が異常なことなのに、周りに気づかれないよう、一生懸命、正常なふりをして生きてきた。

 やがて、幻聴が聞こえるようになった。人と会うことが、ものすごく疲れる。それは、地獄のような苦しみだった。

 大学までは頑張って出たものの、就職は無理だと断念した。

 以来、何もすることがなく家にいる間は、午前4時頃就寝して、午後2時頃起床する昼夜逆転の毎日。ほとんどゲームやマンガに明け暮れた。

 勉強も好きだったが、頭を使うことができなくて、1日1時間勉強すると、ヘトヘトになった。

 昼間は周囲が気になって外出できず、夜になると自転車で出かけた。

 ところが、会社員だった父親が定年を迎え、収入が減った。年金だけでは生活できなくなったことから、通院していた先で障害年金を申請することになったのだが、そのとき初めて「統合失調症」と診断されていることを主治医から教わった。

母親の怪我がきっかけで
家事の手伝い、ブログ開設へ

 そんな「引きこもり」を脱するきっかけは、ある日、月空さんの母親が家の中でアキレス腱を切ったことにある。

 元々、母親は人に尽くして助けたがるタイプだった。そこで、動きが不自由になった母親の家事を手伝いたいと思うようになったのだ。

簡単な食事作り、食器洗い、掃除、洗濯などを手伝っていくうちに、「人の役に立つことが嬉しい」「いろいろと学びたいな」などという感情が湧き出るようになった。

「自分で何かをしようという気持ちになったことが、心の中の自立の一歩だったと思う」(月空さん)

 この頃から、ブログを書き始めた。

「幻聴をコントロールできないだろうか?」

 そんなテーマを取り上げると、反応があった。1日に平均2500アクセス、多いときには5000アクセスに達するようになった(現在は休止中)。

「ネットの向こうには人がいて、ちゃんと交流できるんだということがわかった。幻聴を気にせず、コミュニケーションできるツールだった。ブログを書くことが楽しくなって、表現することが、すごく自分の救いになったように思います」

 心が楽になると、苦しみを感じなくなり、幻聴が聞こえなくなった。ネット上を超え、ここでなら話してもいいよと思える居場所で現実的な交流を持つことによって、自分の意思である程度コントロールできるようになっていたのだ。

 ほとんどの人が好意的な反応で、「自分のプライドみたいなものが満たされた」という。プライドがある程度満たされると、現実的にも自信が出てきて、謙虚さも出てくるようになった。

精神保健福祉士の資格を取得、
親の目線に立ったメッセージを発信

 PSWの資格は、通信教育で取得した。そして、福祉事務所で週に1度、ボランティアを行うようになった。

「PSWの勉強はすごく楽しかったんです。昔から心理学やカウンセリングに興味があって、自分の病気のことも知りたかったからです。病気を知ることで、自分が楽になれるような気がしました」

 すでに月空さんは、4年制の大学を卒業していたので、養成学校の通信に1年半通えば、受験資格を得られたという。

「これで、体調が良くなったときに、働ける希望があると思えたんです」

 4年前から週に2日、アルバイトを始めるようになった。

「きっかけは、当時診てもらっていたカウンセラーに、“PSWとして人を導くには、ある程度の社会経験も必要だから”と勧められ、そうかと思って応募して落ちまくりました。社会の厳しさを知り、学習塾のバイトに採用されたときは、本当に嬉しかったんです」

今年1月に「月空」さんが自費出版した『ひきこもりの月空模様』

 週に2日働いただけでもすごく疲れて、後の5日は休んでいた。でも、年月をかけて少しずつ3日、4日と増やしていった。体力と共に、精神力もついてきたという。

 今年1月には、同人誌を出している出版社から、『ひきこもりの月空模様』を自費出版した。

 PSWとしての活動はあまりできていないものの、親の会で「引きこもりの気持ちを教えて…」と言われるようになった。しかし、噛み砕いて話したつもりなのに、あまり理解してくれていないようだった。だから、本にして親たちに好きなところを読んでもらったほうが早いのではないかと思ったという。

「実は、親も『引きこもる子の親』という立場で悩んでいる当事者。親も主役であり、子どものことで苦しんでいる。周りからも責められて、子どもを引きずるようにして学校へ連れて行ったり、無理やり押し付けようとしたりする。だから、まず親自身が楽になって、ゆっくり進んでいいよ、失敗していいよということを学ぶ必要があると思う。焦らなくても完璧な親を目指さなくてもいい。引きこもり当人にとっても、自分は30点でいいと思ったら30点でいいという等身大の自分がわかれば、楽になると思うんです」

 引きこもりやすい傾向がある人は、自分の評価を低く思っている人が少なくない。それを補うように、プライドが高すぎる傾向があるものの、自らを振り返って「それは妄想だった」と月空さんは明かす。

 同書には、親向けと当事者向けの課題に分けて、それぞれに対するメッセージが自身の経験を基にわかりやすく綴られている。

「親が子どもを愛していることは、子どもには結構、伝わっています。親自身が苦しんでいると、子どもも苦しい。反対に、親が幸せそうにしていると、子どもも嬉しいんです。親自身が、幸せそうにしてほしいんです。だから、幸せになってもいいんだよって、親にも子どもにも伝えています。働けなくても、幸せに感じることって結構できる。挫折したからこそ、小さな一歩に気づける。そこをほめてあげてほしい」

 引きこもり状態の長期化、高年齢化によって、「いつまで待てばいいのか?」と不安がる家族もいる。

 月空さんは「待つのではなく、いろいろと情報を入れたり勉強したりしながら、ちょっとずつでもいいから成長していることが必要」だと訴える。

「譲れない違和感」の正体に気づく
これが引きこもり脱出の一歩に

「世間の常識って、それまでに身についてしまった偏見だったりします。でも、自分の生き方を貫いて、自分の生き方のストーリーと社会のストーリーとの接点を持たせることが、自分にとってのゴールだと思うんです。だから、それに近づけられるよう、社会の情報も、常識以外の情報も入れて、少しずつ折り合いを付けることが大事だと思う」

 引きこもる、あるいは不登校を選択する子どもは、社会に何らかの違和感を覚えているという。ただ、その違和感が何なのか、周囲はもちろん、本人にもわからないことが多い。

「例えば、女性なのに女性を愛してしまう。そういった“譲れない違和感”のようなものが100人に100様あります。そんな違和感を抱えながら、社会から収入を得るというのは、どういうことなのか。生きていくためには、各々がそんな社会と折り合いを付けていかなければいけない。つらい作業ではありますが、やはり動けるのは家族だと思うんです」

月空さんは、この「譲れない違和感」を大事に育て、表現できるようになったことで社会と接点を持てるようになり、自らの引きこもり状態を打開していくうえで、とても役に立ったと打ち明ける。そして、それは社会を変革していくうえでもカギを握るのではないかという。

 リーマンショック以降、多くの人たちがリストラなどで一気に仕事を失い、求人に応募しても落ちまくって、そのまま社会に戻ることができないまま引きこもった。誰にでも、これから「引きこもり」状態に陥ってしまう可能性はある。

 いざというとき、セーフティーネットが機能している“弱者に優しい社会”は、すべての人たちにとっても、居心地のいい世界だ。周囲がまず、この根源的な問いに気づき、みんなで一緒に考えていかなければ、なかなか「出口」は見つからないだろう。

 自著『ひきこもりの月空模様』というタイトルには、月が満ちたり欠けたりするように、引きこもっている人もテンションが上がったり下がったりを繰り返す。満ちているときなら、ちょっとだけ外に出られる。新月のときは、心まで引きこもる。「月空みたいに変わるよね」という意味が込められているそうだ。

 同書の「はじめに」には、こう記される。

<バイトにもたくさん落ちました。それでも雇ってくれるところを見つけて現在4年目。一応、精神保健福祉士の資格はがんばってとったのでそれを生かしてピアサポートするのが僕の夢です>

<ひきこもりまた人を求め。空に浮かぶ月のように満ち欠けをくりかえす。その先には。。。>

 同書は増刷され、5月には続編も出版された。

 その一方、月空さんは、富山市内で「ひきこもり当事者会」を探してみたものの見つからなかった。

記事URL
http://diamond.jp/articles/-/78825

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