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支援事業者に託した引きこもりの息子が…提訴した母の悔恨
自立支援業者の支援を受けた40代の男性がアパートで一人で亡くなっていたのは業者が継続的な支援が必要だったのに放置したのが原因として、男性の家族が今年1月、業者を相手取り計約5千万円の損害賠償訴訟を東京地裁に起こした。わらをもすがる思いで高額な契約金を支払ったが、「自立を促す」との名目で男性と長期間引き離され、最悪の結果になった。「本当にかわいそうなことをした。毎日仏壇に向かって謝っている」。男性の80代の母親は、自責の念をぬぐえずにいる。
契約金900万円超
関東地方で暮らしていたタカユキさん(仮名)=死亡時(48)=は、勤め先の上司との関係に悩み、20代前半から引きこもるようになった。両親は保健所に相談したほか、同じような境遇の親との交流会に参加するなどしたが、事態は好転しなかった。平成28年に父親が亡くなり、先行きに不安を感じた母親は娘とも相談し、専門業者を頼った。
インターネットで見つけた引きこもりの自立支援事業などを手掛ける「クリアアンサー」=東京都新宿区、破産手続き中=に連絡。29年1月、同社が運営する「あけぼのばし自立支援センター」(同区)の担当者と面談すると、半年間のコースを勧められた。契約金は900万円超と高額だったが、「社会生活、職探しをして職を失っても永続的にサポートする」とのうたい文句を信じ、支払った。
しばらくすると、ガードマンのような屈強な男性を含むセンターの担当者5人がやってきた。母親が2階にあるタカユキさんの部屋に案内すると「下(の階)にいてください」と言い、担当者3人が部屋に入っていった。
20~30分後、タカユキさんが部屋から出てきた。「家族に裏切られたと思うかもしれない」。後悔の念に駆られたが、担当者らはタカユキさんを車に乗せ、去った。それが息子の姿を見た最後になった。
「自立のため」連絡控え
センターに入所したタカユキさんからは毎月1回、直筆の日誌などが送られてきた。「気持ちが前向きになってきた」などとつづられていたが、母親が「連絡を取りたい」と頼んでも、担当者は「本人のためにならない」と応じようとしなかった。
契約期間が終了する同年8月、担当者から「熊本の施設に移り、東京と同じプログラムを受ける。本人も希望している」と聞かされた。担当者は、クリアアンサーと「常笑(じょうしょう)」(熊本県)という会社が共同運営する施設だと説明。家族は半年分の追加契約金として385万円を支払った。
だが、その後、担当者からの連絡は途絶えた。何度聞いても、「アパートで一人暮らしをし、介護施設で働くようになった」とのことだった。業者との契約期間は終了していたが、「自立のため」と指示されていたこともあり、母親はタカユキさんへの連絡を控えていたという。
31年4月、タカユキさんがアパートで亡くなっているのが見つかった、との知らせが届いた。医師によると餓死ということだった。後から確認すると、タカユキさんは29年11月ごろから一人暮らしを始め、30年7月末には介護施設を退職していた。だが、業者側は、家族に退職のことなどを知らせていなかった。
母親は娘とともに、クリアアンサーの当時の従業員や常笑に対する損害賠償請求訴訟を起こした。「(業者側は)入所時に『継続的な支援を行う』と言っており、引き続き息子とかかわりを持ってくれていると思っていた」。母親はこう悔やみ、「同じ(引きこもりの)悩みを持つ親に、このような問題があることを知ってほしい」と訴える。
常笑の代理人弁護士は取材に対し、「支援の役目を果たし、一定程度独り立ちした男性に注意義務を払う法的根拠はない」としている。
就労より生き方支援を
今回のタカユキさんのケースのように、引きこもりの人の意思を無視して外に連れ出し、適切な支援を行わない営利目的の民間業者は「引き出し屋」と呼ばれ、トラブルが後を絶たない。
引きこもり問題に長年取り組むNPO法人「KHJ全国ひきこもり家族連合会」の池上正樹理事(58)によると、ネット上では自立支援を名乗る業者が「就職率9割超え」などと、怪しいうたい文句を掲げている場合もある。
こうした業者に家族が飛びついてしまう理由として、池上氏は「自立=就労というイメージが独り歩きしている」ことを挙げ、「無理に就労させるのではなく『命ありき』という考えの中で、就労支援から生き方の支援にかじを切ることが必要」と訴える。
加えて、困っている家族が自治体に相談しても、答えが返ってこない場合もあるとして、「こうした問題を行政が周知し、行政の福祉部署が引きこもりの人やその家族を保護する仕組みを強化することが重要だ」とする。
長期化する新型コロナウイルスの感染拡大の影響も懸念される。池上氏は「コロナ禍で(高齢の親が中高年の引きこもりの子供を支える)『8050問題』はより潜在化している。支援のための集会などが開けず、支援者側も問題の実態が見えづらくなっている」と警鐘を鳴らした。(塔野岡剛)
引用先:https://www.sankei.com/article/20210912-UNTV4XOYD5NJDM4JIM47QNKWRY/?fbclid=IwAR2J05Dwdx8QPTsXrzwLNJZXrx3Hl1XCU2OBuhqZ2b6WvNU-IV8hizHj8SM