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池上正樹×斎藤環が語る、「働けないなら、水商売に行けばいい~ひきもる人々に降りかかる貧困ビジネス~」
2016.06.24
前回は、長年「ひきこもり」問題を追いかけてきたジャーナリストの池上正樹氏と、精神科医の斎藤環氏に「ひきこもり」界隈において女性が男性とくらべてなかなかスポットがあたってこなかった背景や、日本社会の根強く残る因習について語っていただきました。 そのうえで、現在行われている「ひきこもり」をめぐる支援の脆弱性や、そこから派生して問題となっている社会問題について指摘していただきます。
◆支援現場で起きている「ひきこもり」からの貧困ビジネス
池上 最近、生活困窮者自立支援法の相談窓口ができました。そこに女性のひきこもり当事者が相談に行き、生活保護受給の相談をしたりすると、「水商売に行けばいい」などと説教されることもあると聞いています。
斎藤 相談員から、ですか。
池上 そうです、複数の方から聞いています。
斎藤 生活保護の現場の公務員について私は全然信用できる気がしない。昨年も、榎本クリニック事件というのがありました。このクリニックは大田区、江戸川区、港区の職員と結託して、貧困ビジネスを展開しているんです。当事者は、真っ先に集合住宅系の安アパートを紹介され、さらに信じられないことに生活保護費はクリニックに払う。クリニックのデイケアに通ってきたら、そこで現金を渡すという、ものすごい搾取構造があった。ほとんど組織犯罪です。
池上 セクシュアル・マイノリティの人でも、相談に行ったら、生活保護をすすめられたという人がいます。支援団体が自治体から委託を受けている、とある厚労省事業の地域若者サポートステーションなのですが、生活保護を受給するようにさかんにすすめられたそうで、「お小遣いをあげるから、この指定した寮に住みなさい」と言われたそうです。
斎藤 お小遣い、ね。
池上 貧困ビジネスです。
斎藤 千葉県でも生活保護を申請したら、この住宅に住まわなきゃダメと言われるという話があってですね。当事者が私のところに困ったと言って来たので、私のほうから生保受給者はどこに住んでもいいと保証されているはずだからそんなのおかしいということを言いました。さらに診断書を作って、「集合住宅所には住めない人です」と書きました。そこまでして、やっと自分の選んだアパートに入居できた。
池上 このような直接的な貧困ビジネス以外にも、相談を受けられる公的な機関では、窓口の担当者の資質の問題というのも実はありますよね。あらかじめ設定されたメニューを上から目線で押し付けるだけだったり、マニュアルをただ読むだけだったり、連携している支援機関などを紹介するだけだったりで、役に立たなかったという話をよく聞きます。
制度はあっても、形だけで中身がないという感じで、当事者がやっと勇気を出して相談しに行った先で、また傷つけられて、ひきこもるということも結構起きています。最近は、役所の担当者が2年くらいで異動してしまうことも背景にあるのかもしれません。
◆これから起こる、悲劇の数々
斎藤 現在のひきこもりの平均年齢は34歳ですけど、私がいわゆる第一世代と呼んでいる、私と同年代、上限50代半ばまでのひきこもり当事者がいます。彼らはあと10年後に65歳になり、年金も請求できる権利を持っている。なぜかというと親御さんが保険料を払っているから。そういう第一世代がおそらく、少なめに見積もっても数万人は存在すると考えられます。
この人たちが年金を請求し始めたら、絶対バッシングが起こると思います。なぜなら、保険料は払っているが所得税は払っていない。年金の財源の半分は所得税ですから、フリーライダーと思われちゃうわけですよね。「あいつらただ乗りしやがって」、「自己責任とれ」と言い出す奴が絶対出てくる。そうなる前に、なんらかの対策を立てるしかない。
池上 確かに、その事態は迫っていますね。どう乗り切るか……。
斎藤 日本にまだ足りないのは、いわゆる中間労働市場です。障害を抱えた人には福祉作業所があって、問題が無い人には一般就労があって、その中間がなかなか膨らんでこない。中間というのは、障害とは言えないまでもハンデがある、あるいはブランクがあるという層ですね。ブランクがあるからすぐに一般就労は無理だけれども、時間をかけてトレーニングして慣らしていけば一般就労できる人が潜在的にいっぱいいるわけです。ひきこもりがまさにそれです。
彼らのスキルは問題ないのですが、体力不足とか対人関係の経験がないとか、いろんなものが不足していて、すぐに戦力にはなりえないわけですよね。そういう人を、気長に育てて、一般就労に結び付けるというルートはもっと太くしてほしい。そこを太くしないと、実は私は半ばあきらめていますけど、10年後にはさっき言ったことが起こり始める。
別の視点からいうと、もし彼らが全員支給を求めたら、財源は簡単につぶれてしまうだろうと。ただおそらく彼らの半分以上は請求しない可能性がある。請求しないで、孤独死なんかを選んでしまう可能性もある。それはそれでもう、また別の悲劇ですよね。大量死が起こるわけですから、
どっちに転んでも非常にまずい状況が、目前に迫っているわけです。オリンピックに浮かれるのもいいですが、その後に確実にやってくるひどい状況をなんとかしようと思ったら、本当に短期的で具体的で実現可能性が高い手法は就労支援しかない、と私は思っています。
池上 岐阜県でも、80代の母親と、40代の娘さんが餓死の状態で見つかったというニュースがありました。
斎藤 そういうケースも増えると思います。餓死ケースはこれまでもちらほらありましたけど。なぜか孤独死じゃなくて2人組が多いですよね。
池上 そうですね。餓死の事例はよく、親子や兄弟姉妹といった2人組で見つかります。他にも、家族が転居して行った家を解体したら、ミイラ化した遺体が出てきて、実はひきこもっていた40歳代の当事者だったとか、そういうケースがこれからますます増えそうです。
斎藤 高齢者問題も、ひきこもり問題も、国が彼らのケアの責任を家族に押しつけてきたツケが、そういうかたちでまわってくるんだろうと思いますね。
ひきこもりの問題が出始めた当初は、楽観論が多かった。今からだと信じられませんけど、ひきこもりというのは病気じゃないのでほっとけばなんとかなりますよと、専門家すら言っていた時代があったわけです。最近は高齢化が進んでしまって、ほっといてもなんともならないっていうのがはっきりしたからそういう人もいませんけど。
一部の親はそれを信じちゃったと思うんですよね。やっぱり藁にもすがりたいときは、偉い評論家がそう言っているから、まあほっときましょうかという人も相当数いたと思います。たぶんそういう人たちの多くは、今でもひきこもっている息子や娘を抱えているという状況がある。
池上 不登校対策もそうですが、ケースが違うのに、放っておけばいいとか、いや、介入して外に連れ出さなきゃいけないとか、どうしても極端な話になります。1人1人、求めていることも、社会に出られない障壁も、それぞれ違います。明らかに妄想や幻聴などの兆候があるときは、医療機関につなげなければいけません。一方で、周囲は、本人たちと一緒になって、これからの人生を考えていくという丁寧な対応が必要です。
◆求められる支援の多様性
池上 自力で頑張る方もいます。極端な話ですが、男性であれば、家出同然に親元を飛び出したとしても、ホームレスとして生活を再スタートさせる人もいるし、住み込みの仕事なども見つけやすいと思います。でも女性が、家を出て自立したいと思ったとき、一時的に宿泊できるような“居場所”がほとんどない。
もちろん金銭的に余裕がある場合、費用をかければあるかもしれませんし、精神疾患や発達障害といった診断を前提に利用できる医療モデルのグループホームやシェアハウス、デイケアなどはあります。しかし、お金のない女性たちから相談を受けて、私も一緒に探してみると、セーフティーネットがほとんどないために、多くの人は、第一歩を踏み出せないというのが現実です。女性専用といった配慮もまだまだ少なく、安心して利用しにくいという背景もあります。
斎藤 やっぱりデイケアとかは男性が多くなりますよね。男性が多いので女性が居つかない。悪循環で、ますます男性が増えるだけということになります。それならばと、女性限定自助グループを作ろうというのが過去にありました。ところがですね、実は女性だけというのは難しい理由がふたつある。ひとつは想像がつくと思いますけれど、女性同士の派閥争いとか、グルーピングが生じてしまう。
ふたつ目は、男女半々くらいだと、カップリングが起こる。ひきこもりもカップルになると元気になるので、どんどん卒業してしまい、今度は参加者が激減します。結局空中分解してしまい、ほどよく均等の状態で維持するというのは非常に難しい。
また、ひきこもりの自助グループが、他の自助グループと違うところは、僕の知る限り、卒業した人がスタッフとして残るというのがあまり起こりにくいという点です。卒業した人は、自分がひきこもっていた事実を黒歴史にしてしまい、グループに参加していたこともなかったかのように縁を切ってしまうことが結構ある。他方、摂食障害や依存症のグループだと、リカバリーした人がスタッフとして支援の側にまわるということがよくあります。もちろん、元ひきこもり当事者がスタッフをやっている就労支援とか、ピアがやっている自助グループもありますから、皆無ではないですが。このあたりが、安定してグループを維持するのが難しい原因ではと思います。
ではどういう状況が安定するかというと、高齢者グループのケースなどでいうと、女性だけの集団で男性が1人いるといいと聞きます。スタッフが男性で、誰とも距離を縮めないかたちでかかわっていって、メンバーのかかわりを円滑化するようなグループがあればいいのではと思います。まあでも実現には程遠いわけですけれどね。
池上 自助グループが男性主体で構築されてきたことや、卒業した人たちが過去を黒歴史にしてしまうという話、よく聞きます。「ひきこもり」と呼ばれる状態って難しいですよね。いろんな背景の人たちがいて、みんなそれぞれまったく状況が違うから、何か1つのものを皆でつくろうとしても、なかなかうまくいかない。同じように社会との関わりが途絶えている人たちの間でも、対極の人たちがいるので、合う、合わないは、実際にその会に行ってみないとわからない、というところがあります。事前の情報を収集する必要もあるかも知れませんが、相性が相当大きく左右するのではないでしょうか。
どういう人たちが主流なのかによっても違ってきます。極端なケースでは、発達障害や精神疾患などを抱えた人たちが主体でやっているところと、社会でのストレスがきっかけでひきこもってきた人たちが運営しているグループでは、まったく違ってくるということもあります。
斎藤 男性にはひきこもり向けのフットサルチームとかありますよね。女性も入っていいのですが、やっぱり身体能力に差があったりして、男性主体になりやすい。何か、女性がひきこもり支援以外の目的で集まれるような口実があって、そういうサークル活動的なものを通じて交流できればと思うんですけど、なかなか難しいという状況ですね。
池上 通えるような会、デイケアだけではなくて、一時的に親元から離れるための宿泊機能のある居場所もほしいですね。
斎藤 グループホームやシェアハウスみたいなところですか。
池上 現在のところ、グループホームはどうしても医療前提に限定されてしまいます。なので、一般的に広がっているシェアハウスなどで、ひきこもってきた人たちでも自立に向けた生活ができるような理解のあるところが増えていって、そこで女性が安心していられるような場所が増えればいいなと思います。いわゆる社会的ひきこもりに特化したような感じのものです。
斎藤 ただし、ひきこもり問題がでてきた当時から、ひきこもりはどっか島にまとめて一緒に住まわせればいいとか、集合住宅を作って、ひきこもりアパートを作ればいいとか、そういう意見がさかんに言われました。でも、括りが「ひきこもり」というだけで当事者は反発するんですよ。そんな場所には行きたくない、一括りにされたくないという抵抗感が生じてしまいがちで、できれば「ひきこもり」という言葉を使わずにやれるといいのですが。
池上 別の表現がいいかもしれませんね、生きづらさとか。
斎藤 そういうものがいいかもしれません。
一番重要な、「親」をどう支えるか
斎藤 しかし、とにかく親が最初にして最後の支援者です。僕がときどきいうのは、どんなに治療者ががんばっても、親御さん以上のことはできませんと。これを最初に釘をさします。親御さんは人任せにしたいところがどうしてもあるので、釘を刺さざるをえないということも、ときには生じます。そのかかわりには「かかわらない」というかかわりも残念ながら認めないといけません。迷惑な毒親の場合については、ATMに徹していただいて、支援での関わりは外れていただくということも含めて、支えの第一人者ではあると思います。
ただ、最近家族調査をしてわかったことですけど、家族も相当まいってきています。先ほども言ったようにひきこもりの平均年齢は34歳、親の年齢は65歳です。完全に高齢者です。
親御さんに、鬱病尺度の「K6」というスコアをつけてもらったところ、12.9というすごく高い値が出ました。13点越えたら鬱病リスクが高いという判断になるスコアです。親も鬱病すれすれの人がいっぱいいると。こういう状況下で、こうしなさい、ああしなさいと言ってもそれは実現できません。気持ちも弱っているし、燃え尽きかけています。そういう意味で、今後どう親を支えるかということが本当に大事になってくるかと思います。
池上 当事者が長期化、高齢化するのは止められないのに呼応し、親御さんからの相談も年々深刻な内容になってきています。
斎藤 家族の安心をどう確保して、それを当事者に還元していくかということを考えないといけない。だから私がファイナンシャルプランナーの畠中雅子さんと共著で書いた『ひきこもりのライフプラン――「親亡き後」をどうするか』(岩波書店/2012年)という本では、まずはお金の勘定をしてくださいと。金勘定しないで心配だけしていると、心身共に悪影響が出ます。自分の老後資金までちゃんと計算して、わが子を支えられる期間が限定的ということがわかったら、早い段階で福祉の利用も考えましょうと。そういう割り切った話をしたかったわけですが、幸いこれが少しずつ受け入れられています。
心構えとか、接し方とか、それも大事ですが、経済的問題は、もう動かしようのない事実ですから。当事者が就労できなかった場合を想定して、ここまでは頑張れるけど、ここから先は無理という線引きをしたほうがいいわけですね。
そうしないと、このあいだも親が子供を殺した心中事件がありましたよね。
池上 新潟県三条市で、73歳の母親が、50歳のひきこもり長男を殺害したという悲劇ですね。
斎藤 このパターンが激増はしないまでも、毎年2~3件くらいは起こっているわけです。多いパターンは親が寝たきりになるなどして、高齢になった息子が将来を悲観して、親を殺害して自分もあとを追おうとして失敗する、心中未遂ですよね。そして、自首をして捕まると。こういうパターンが初期は多かった。けれども最近はさっきのような逆のパターンもある。つまり、行き詰ったらもう無理心中しかないと、親が思い詰めてわが子を殺してしまう。実際そうだと思うんですよ。働く見込みもないし、お金も尽きるし、どうしたらいいんだ、と当然なってくる。
楽観的になることも大事です。楽観自体が治療的ですけど、ただ絶対なんとかなるから何にも考えなくていいというのはまずい。むしろ、お金の現実を踏まえた上での楽観性が一番いいと私は思っています。ある当事者のかたは、親がお金の話を具体的にしてくれて、家にまだ経済的なゆとりがあるとわかったので、安心して就職活動に踏みだせましたと教えてくれました。ゆとりがあるほうが社会参加しやすいということも踏まえて、お金の話をしましょうと提案しています。
池上 最近、貯金がないとか年金ももらえていないなどの親御さんの家庭も増えてきているように思います。そういう家庭にとっては、なかなかライフプランを考えましょうと言っても、将来の金勘定以前に日々の生活の悩みで、実はピンとこなかったりします。現実的にもっと切羽つまっている人たちも結構いるみたいなので、そういう経済的にもう余裕のない家庭にどうアプローチ、どう支援していくかということが、これから社会、行政の支援者もそこを考えていかなければいけないと考えています。
親への支援も大事なので、まず親に煮詰まらないというか、いろんな選択肢があるんだという情報やノウハウを提供して共有してもらう。そして、親自身が自分の殻を越えていかないと、子供も道連れに巻き込んでしまいかねない。そういう予備軍の親たちも多いと思います。
当事者たちからも、親が死んだらどうしたらいいんだという相談もいっぱい受けています。どんな選択肢があるかは、それぞれ関係、人によって違うと思いますが、それを考えていけるような環境作り、そして親への支援を、これから考えていかなくてはいけないのかと思いますね。
斎藤 年金でも生保でも使えるものは全部使って。とりあえず経済的な見通しを立ててから、どうするかということを考えるのもありだと思います。
池上 そうですね。
斎藤 本人も、親御さんも、世間体を気にしますから。年金、生活保護に抵抗があって、なかなか受けたがらないですが。べつにずっとそれをもらって生きろというわけじゃない。自立までの一時金として、堂々ともらっていいんじゃないかということを言います。
池上 これまで十分がんばってきたんだから、もっと福祉の施策を頼ってもいいと思うんですよね。世間体とかいろんなプライドで、躊躇する、遠慮する、という文化というか土壌がある。特に地方にいくと強いんですけど。でも、それで子供巻き込んで、悲劇に至るくらいだったら、プライドや恥をかなぐり捨てて、呪縛から解き放たれれば、もっと楽になれて何でもできるのに……、って第三者的には思ってしまいます。
≪プロフィール≫
池上正樹(いけがみ・まさき)1962年生まれ。通信社勤務を経て、フリーのジャーナリストに。97年からひきこもり問題について取材を重ね、当事者のサポート活動も行っている。著書に『大人のひきこもり』(講談社現代新書)、『ダメダメな人生を変えたいM君と生活保護』(ポプラ新書)、『ドキュメントひきこもり』(宝島SUGOI文庫)、『痴漢「冤罪裁判」』(小学館文庫)、共著書に『あのとき、大川小学校で何が起きたのか』(青志社)などがある。
斎藤環(さいとう・たまき)1961年生まれ。筑波大学大学院教授。専門は思春期・青年期の精神病理・病跡学。家族相談をはじめ、ひきこもり問題の治療・支援ならびに啓蒙活動に尽力している。著書に『社会的ひきこもり』(PHP新書)、『ひきこもりはなぜ「治る」のか?』(ちくま文庫)、『ひきこもりのライフプラン』(岩波書店)、『ひきこもり文化論』(ちくま学芸文庫)など。
記事詳細
BEST TIMES 6月24日(金)6時0分配信
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