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引きこもりの息子殺害 凶行の元エリート銀行員、家族内で孤立

2011.06.18

【法廷から】

 銀行員として定年まで堅実に勤め上げた男は、30年間自宅に引きこもっていた息子の頭や顔に何度も金属バットを振り下ろした。真面目な男がなぜこれほど残虐な犯行に及んだのか。秋田市で長男=当時(50)=を金属バットで殴り殺した父親で無職、田口脩吉被告(79)の口からは、仕事に邁進し、定年を迎えた男の寂漠たる光景が綴られた。(原圭介)

 ■動かなくなった息子の顔を洗面器に

 事件は昨年11月12日午後6時ごろ、発生した。自宅で夕食を食べている長男の背後から父親が金属バットで襲いかかり、執拗に頭部や顔を殴って、外傷性ショックで死亡させた。凄惨きわまりない殺人だった。

 秋田地裁(馬場純夫裁判長)で開かれた裁判員裁判。

 被告人質問で、検察官は田口被告の残虐性を浮かび上がらせようとした。

 検察官「途中で長男にバットを取り上げられ、投げられた。しかも長男は反撃もしなかった。なぜ殴るのを止めなかったのか」

 被告「夢中になってやっていて、中途でやめるのはダメだと思った」

 被告は長男が動かなくなってからも、洗面器の水に長男の顔をつっこみ、死んだことを確認した。

 一人息子の長男は東京の専修大学に進んだ。ところが大学3年生のときに意味不明の言動が始まり、精神疾患と診断された。卒業はしたものの、就職できずに帰郷。2階の部屋に閉じこもって、本を読みふける生活を始める。以来約30年、部屋から出るのは食事のときだけ。自分では着替えもせず、髪やひげも伸び放題で、部屋は酸えた臭いが充満していたという。

 隣家の証言では、2階の窓は曇りガラスで、長男の姿はほとんど見えなかった。ただ、夜は明かりが着き、音楽が大きな音で流れることがあったという。

 一方、田口被告は福島大経済学部を卒業後、地元の北都銀行(旧羽後銀行)に就職。約40年間、真面目に勤めた後、さらに8年間、別の会社にも勤務した。厚生年金と長男の障害者年金、妻の国民年金を合わせると月の収入は30万円を超え、老後の生活は決して貧しくはなかった。

 ■被告も鬱病に罹患

 被告は犯行の2カ月前、弁護士に相談して遺言書を作成。親類宛に自分の死後の後始末について頼む手紙も書いている。弁護人は被告が自殺も考えていたことを引き出した。

 弁護人「遺言書や手紙をどんな気持ちで書いたのですか」

 被告「息子を殺して私も死のうと思いました。私が先に死ねば、息子が一人残り、女房もかわいそうだと思ったから」

 10年ほど前、長男の将来を心配し、被告も鬱(うつ)病に罹患(りかん)。治ったものの、不眠は続き、犯行前まで睡眠薬を手放せなかった。21年10月には大腸ポリープの手術をした。その後、退院したが、貧血を起こして救急車で運ばれた。その頃から体力の衰えを痛感し、長男の殺害と自殺を漠然と考えるようになったという。

 犯行の3週間前にも、長男を殺そうと、風呂場にいる長男の背後から漬け物石を首に押しつけ水死させようとしたが、石を落としたため未遂に終わった。気づいた妻(75)から「今度こんなことをしたら、あんたを殺す!」とどなられた。

 ■まだ体力が残っているうちに…凶行へ

 未遂後いったんは反省したものの、殺意は再び鎌首をもたげてくる。犯行当日、自宅近くのスポーツ店にバットを買いにいった被告は、重すぎると振れないし、軽すぎると長男への衝撃が少ないと、念入りに品定めし、ちょうどいいと思った720グラムの金属バットを購入した。

 自宅に戻った被告は、妻や長男に見つからないように、自分のベッドの下に隠したあと、夕食で長男が降りてくる直前に、彼がいつも食事で座る席の斜め後ろに隠した。食事に集中している長男の後ろにそっと回り、死角から襲いかかる計算だった。妻がいたら殺せないと、妻が留守の間に殺害することも計算の内だった。

 被告は犯行後、血で染まった室内で少しだけ床や家具を拭いたあと、返り血を浴びた服を着たまま、自分のベッドに横たわり、ぐったりしていた。自殺することもなかった。

 検察官「包丁で自分を刺すことは考えませんでしたか」

 被告「包丁は痛いので、使おうと思わなかった」

 検察官「服が脱げかかっていた遺体に、ふとんをかけてやる気は起きませんでしたか」

 被告「ふとんをかけるような力は残っていませんでした」

 帰宅した妻に発見され、「あんたがやったんだべ。あんたなんかいらない。息子さ返せ」となじられたが、「どこさ行ってた」と応じた。

 検察官「『殺してすまん』とどうして(妻に)一言謝る気持ちになれなかったんですか」

 被告「うーん…」

 検察側は、強い殺意と計画性の裏側に、長男への憎しみや、愛情の薄さが感じられると指摘する。

 長男は最近、被告の財布からたびたび数千円の金を抜き取り、お菓子や雑誌を買っていた。被告専用の冷蔵庫からも食べ物を失敬していた。

 検察官「注意したとき、長男は反発しましたか」

 被告「はい。『やってねー』『おれじゃねー』と」

 検察官「そういう長男をどう思っていましたか」

 被告「腹立たしく思いました」

 検察官「長男がいない方が自分は楽だ、という気持ちがありませんでしたか」

 被告「ありました」

 被告は体力の衰えを感じ、まだ体力が残っているうちに長男を殺害しようと考えたという。

 ■財産譲る相手は被告の妻の妹

 被告は、長男の病気を治したり、環境を変える努力をしなかったのだろうか。

 一度だけ市内の病院に入院の手続きをして部屋も決まったが、長男は被告の手を振り切り、強く拒否して自宅に逃げ帰った。通院も最初の5、6年は続けたが、その後は、長男の代わりに妻や被告が病院に症状を話して薬をもらうようになっていた。

 事件の数カ月前、妻から、財産を処分し将来、長男を施設に入れることを提案された。

 検察官「提案にどう答えましたか」

 被告「金がかかるからだめだと言いました」

 検察官「いくらかかるか調べたことはありますか」

 被告「ありません」

 検察官「施設に入れるのに反対した理由は」

 被告「長男は入院もいやがったので、無理に施設に入るように言ってもだめだと思いました」

 被告の自宅の土地価格は約1千万円。200万円の貯金もあった。

 しかし、被告が書いた遺言状では、被告が死んだあと、財産を譲る相手は妻ではなく、妻の妹だった。

 弁護人「なぜ妻に相続させようとしなったのですか」

 被告「女房とは仲が悪いので…」

 弁護人「息子の病状や将来について妻に相談しようとしたことは?」

 被告「ありません」

 弁護人「なぜですか」

 被告「『そばに来るな』と手で払われるので、話ができませんでした」

 ■「家族の中で孤立、同情する側面も」

 退職して終日家にいるようになった被告の唯一の趣味は、植木や花の世話。妻は友だちと遊びに行ったり、パチンコに興じたり。パチンコをやめる、やめないで夫婦は何度か口論になった。犯行の日も妻はパチンコに出かけ、帰ってきたのは午後11時ごろだった。

 退職後、長男と食事をともにすることはあっても、会話はほとんどなかった。妻とは会話はもちろん、食事をいっしょにすることもほとんどなかった。

 裁判員「会社に40年間勤めて、楽しかった想い出は?」

 被告「(社内)旅行」

 ぽつりと答える被告の背中に孤独感がにじむ。エリート銀行員としてまじめに働いた人生。しかし、いつの間にか妻子との心の絆は切れてしまっていたのか。

 しかし、公判の中で、こんな話が明らかになる。風呂場での殺害未遂のあと、妻は長男に「お父さんを許してね」と話した。長男は「何でもない」と応じたという。被告はちょっと驚いた表情を見せた。

 検察官「この話をどう思いますか」

 被告は「うーん」と言ったきり黙ってしまった。法廷で田口被告が表情を露わにすることはなかった。

 証人として出廷した妻は、「(被告を)許してやってほしい。刑を軽くしてやってほしい」と訴えた。

 被告が退職するまでの40数年、長男の身の回りの面倒を見てきたのは妻。妻と長男の心はつながっていたが、退職後、被告は孤立感を募らせ、母子の愛情に嫉妬し、言うことを聞かない母子に憎しみさえ覚えていったのではないかと感じた。

 検察側は、さしたる抵抗もせずに逃げ回る長男を執拗(しつよう)に追いかけて殺害した残虐性や、確実に殺害できる方法を用意周到に準備して実行した計画性を重視。「安易で自分勝手な犯行」と、懲役10年を求刑した。

 これに対して弁護側は、鬱病や老い、治る見込みのない長男の精神疾患、妻との不仲が絶望につながり、「八方ふさがりで、やむなく犯行に及んだ」と情状酌量を求めた。

 戦後の高度経済成長の中で、ひたすら働いてきた不器用なサラリーマンが、仕事を失って家庭に戻ると、拠り所がなかったという悲哀も考えさせられた。

 弁護人「これからの人生をどうしたいと思っていますか」

 被告人「部屋の中で、ずっと長男のことを拝んでいきたい」

 細々とした声が、静まりかえった法廷に響いた。

 10日、秋田地裁は懲役7年の判決を言い渡した。判決理由には「犯行は安易で短絡的だが、家族の中で孤立感を深め、同情する側面もある」とあった。

記事詳細 ヤフーニュース
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110612-00000508-san-soci

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