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発達障害男性「上司に起こしてほしい」は正当か~生活苦でも「スマホ3台持ち」やめられない29歳
現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしてリポートしていく。 今回紹介するのは「発達障害で、現在失業中。親には言えないようなお金の問題も抱えています」と編集部にメールをくれた、29歳の男性だ。 ■遅刻はなぜダメなのか?
遅刻はなぜダメなのか――。カツヤさん(仮名、29歳)とちょっとした議論になった。 5年ほど前に発達障害と診断されたというカツヤさん。取材当日は待ち合わせをした喫茶店に10分ほど遅れて現れた。そして「時間を守れないのは、ADHD(発達障害の1つ、注意欠陥・多動性障害)の最たる特性なので」と言って席に着いた。カツヤさんは発達障害をめぐる社会のあり方についてこう訴える。 「社会の構造が“定型発達”に向けたつくりになっている。だから私たちのような“非定型発達”が障害扱いされる。いろいろな“非定型発達”も認めることではじめてバランスの取れた社会になるのではないでしょうか」
ここで言う「定型発達」とは発達障害ではない人、「非定型発達」とは発達障害の人のことを指す。私も本連載では一貫して「発達障害のせいで生きづらさを感じる人が増えた背景には社会の不寛容さがある」と書いてきた。カツヤさんと私の主張は大筋の部分で同じといっていいだろう。 では「遅刻」については? 発達障害の人たちの遅刻を、「定型発達」の側はどこまで許容すべきなのか。 カツヤさんは普段からよく遅刻をするという。この日遅刻した理由は「前日の晩に持って行く資料や着ていく服の準備をするのを忘れたから」。また、昨秋に派遣社員の仕事を雇い止めされた理由も「遅刻の多さが原因の1つだと思う」と話す。
私が「非定型発達」も認めるべきだというのであれば、遅刻をしない努力も必要なのではと指摘すると、カツヤさんは「頑張ってできたら苦労してませんよ」と反論する。私が、では遅刻を減らすためにどんな支援があればいいかと尋ねると、上司からのモーニングコールだという。 同席していた編集者が思わず「それは難しいと思いますよ……」とつぶやいた。 以下、カツヤさんと私のやり取りを対話形式で再現したい。 藤田:発達障害の方の生きづらさについて書いた記事に、「遅刻やミスが多い発達障害の部下を持つほうの身にもなってほしい」という感想が寄せられたこともあります。
カツヤさん:上司になったことがないから、わかりません。それに、たしかに私は時間にルーズですが、例えば映画の待ち合わせとかで相手が遅れても怒ったりはしません。 藤田:プライベートと仕事は違います。仕事は、社員が定時に出勤するという前提で出来高を想定し、人員配置をしています。遅刻すればその分同僚にも負担がかかりますよね。 カツヤさん:……。なるほど、そういうことですか! カツヤさんはそうつぶやくと、猛烈な勢いでメモを取り始めた。この間のやり取りを書き留めているようだ。もしかして今まで「遅刻をしてはいけない理由」がわからなかったというのか。私が尋ねると、カツヤさんが「はい」と即答した。
「そういう前後関係まで説明されて、初めて理解できました。遅刻は上司や同僚、お客様、いろんな人に迷惑をかける行為だということですね」 私にとって、そしておそらくカツヤさんにとっても、目からうろこが落ちた瞬間だった。2人とも、発達障害の人に対する現代社会の不寛容さを指摘してきた。ところが、非定型と定型が歩み寄るための具体的な方法については、まるで考えなしであったということだ。 なるほど――。たしかにカツヤさんは「欠勤はしない。自分の給料が減るし、誰かが休んだときその分の尻ぬぐいをさせられたことがあったから」とも言っていた。一見、自己中心的に見えるかもしれない。ただ因果関係さえはっきりすれば、カツヤさんなりの行動規範はあるのだ。
■小中学校時代は「苦労した記憶しかない」 カツヤさんは東京都出身。小中学校時代の人間関係について「財布からお金を取られたり、制服をゴミ箱に捨てられたり。苦労した記憶しかない」と振り返る。当時より「大人になったら、どうなるのだろうという不安があった」という。 私立高校を卒業した後は、飲食関係の会社に就職したが、1年もたずに退職。その後はリゾートホテルやデリバリーヘルスの電話番、キャバクラのボーイ、パチンコ店、通信関係の会社などさまざまなところで働いたが、いずれも数カ月から1年ほどしか続かなかったという。正社員だったのは最初に勤めた会社だけで、その後は非正規雇用ばかり。月収はフルタイムで働いたとしても、手取り15万円ほどという水準だった。
一方でここ数年は事務系の派遣社員などとして勤務。年収も初めて300万円を超えた。ただ、ここも昨年秋に雇い止めに。現在はウーバーイーツの配達員などをして食いつないでいるが、新しい仕事はまだ見つかっていない。 「職歴がすっかり荒れちゃって……。就職活動で面接を受けても、履歴書を見ただけで『すぐ辞めるやつ』という烙印を押されるんじゃないかと、不安しかありません」 転職を繰り返した理由について、カツヤさんは上司や先輩による暴言・暴力を挙げる。「なめてんのか、クソガキ!」「君はどれだけ自分がかわいいんだ」などと怒鳴られたほか、頭をはかれたり、ビンタをされたりしたこともあったという。
ただ暴言や暴力を受けた詳しい原因についてはいずれも「覚えていない」と話す。カツヤさんの中では、パワハラの揚げ句クビにされたという理不尽極まりない記憶だけが残っているようにみえた。 もしや、これは冒頭の「遅刻問題」と同じなのではないか。暴力は論外とはいえ、上司や先輩らも突然激高したわけではあるまい。ただ、なぜ叱責するのかの「因果関係」の説明において言葉足らずの面もあったのではないか。「それくらい想像できて当然」という振る舞いは、あくまでも「定型発達」の側の“常識”でしかなかったりする。
カツヤさんはもう1つ問題を抱えている。借金である。 派遣社員として比較的安定した収入を得るようになってから、クレジットカードのローンなどが増え始めた。「買い物や友人との食事に使った」と言い、総額が100万円を超えた昨年、弁護士に相談して任意整理に踏み切った。今も毎月約5万円の返済を続けている。 お金の管理が苦手で借金を抱えてしまうのは発達障害の傾向の1つである。 ■部屋でよく携帯をなくすので「3台持ち」
取材で話を聞いていたとき、カツヤさんがテーブルの上にスマートフォンの端末3台とモバイルルーター1台を置いていることに気がついた。失業中のうえ借金もあるのに、端末を複数台持つ余裕など本来はないはずだ。そう指摘すると、またしてもカツヤさんと議論になった。カツヤさんは次のように自らの正当性を主張した。 「(部屋の中で)よく携帯をなくすんです。部屋が汚いのもADHDの特性。そういうときにもう1台あれば、呼び出し音ですぐに見つかるでしょう。(複数の端末を持つことは)私にとって保険のようなものです」
議論は平行線だった。私は早々に話題を切り替えることにした。そもそも私はカツヤさんの家族でも、主治医でもない。そういえば――。カツヤさんの家族や主治医は彼の発達障害の特性とどう向き合っているのか。 カツヤさんの両親は、彼が一人暮らしをするアパートの家賃を肩代わりしてくれるなど関係は悪くはない。ただ発達障害に理解があるとはいえないという。とくに父親は、発達障害かもしれないから医療機関を受診したいと訴えたカツヤさんを「ただの甘え」と叱責。カツヤさんは借金については「親には絶対にバレないようにしている」と話す。
こうした経緯もあり、カツヤさんは一人暮らしを始めた5年ほど前に、親には内緒で初めて精神科を受診した。そこでようやくADHDとアスペルガー症候群と診断された。このときのことを「今までのつらかった出来事の原因がはっきりした。とてもすっきりした気持ちになりました」と振り返る。 1つ気になったのは、カツヤさんが「精神科に行ったその日に発達障害だと言われた」と話したことだ。本来、発達障害と診断するには、本人や家族と面談し、成育歴や家族の病歴などを詳しく聞き取る必要がある。少なくとも初日に診断を下すことなど不可能だ。
最近は生きづらさのあまり発達障害と診断されることを望む人も少なくない。こうした不安に付け込み、なかには“即日診断”をする医師もいると聞く。これは持論だが、このような倫理を欠いたやり方は悪質な“発達障害ビジネス”にほかならない。私がそう指摘すると、カツヤさんは「初日は疑いがあると言われただけです」と言い直した。 一方でカツヤさんは自身が受けた検査の種類や結果については「覚えていない」という。私が取材で出会った「大人の発達障害」と言われる人たちの多くは、検査結果などを基に自分が不得手な分野を認識し、「定型発達」が多数を占める社会で生きていくためにさまざまな試行錯誤をしていた。彼らにとって「発達障害と診断されること」は目的ではなく、過程であり、手段であった。
ただこれはカツヤさんの問題というよりは、やはり医師がなんらアドバイスをしていないということに問題の根深さがあるのではないか。 ■親が死んだら一緒に死ぬしかないのかな… カツヤさんは編集部に取材を受けたいというメールを送った理由についてこう話した。 「仕事が長続きしないという、ほかの発達障害の方の記事を読んで『Ⅿe too』と思ったことが1番のきっかけです。あとは、私の波乱万丈な人生を知ってほしかった。デリヘルやキャバクラで働くなんて、誰もが経験できることではないと思うんですよ。借金の話もネタになるかなと。年を取ったらどうするのかって? そのときは35歳で亡くなったモーツァルトのように死ぬのかなって思ってます」
意気込んでそう話す一方で、こんな不安を漏らすこともあった。 「高校時代の友人が土地や家を買ったとか、子どもができたとかいう話を聞くと、29歳にもなって非正規の自分に負い目を感じます。(漫画『クレヨンしんちゃん』に登場する)野原ひろしみたいなのが勝ち組というのもどうかとは思うけど……。親が死んだら、一緒に死ぬしかないのかなと考えることもあります」 どちらもカツヤさんの本音だろう。天才・モーツァルトを目指すのか、平凡なサラリーマンの代名詞でもある「野原ひろし」を目指すのか。それはカツヤさんが決めるしかない。
本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
引用先:発達障害男性「上司に起こしてほしい」は正当か~生活苦でも「スマホ3台持ち」やめられない29歳(東洋経済オンライン) – Yahoo!ニュース