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「夫が恋しい…」DVで別居した妻が、涙するほど夫をひきずる理由
  • 40歳という節目で、女性は自らの生き方を振り返るものではないでしょうか。 「こんなはずじゃなかった」と後悔しても過去は変えられず、心も身体も若い頃には戻れない。






    DVによる別居後の、妻の葛藤


    「ママ、おはようー!!」 実家の温かい布団の中で目を覚ますと、もう朝の9時を回っていた。 慌てて身体を起こしダイニングへ向かう。すると母と湊人が朝ごはんを囲んでいた。 近所の人気ベーカリーの菓子パンがテーブルの真ん中に山のように積んである。昨日母と湊人が2人で出かけ買ってきたものだ。他にも卵焼きやベーコン、そして洋食には似合わない塩鮭やみそ汁まで並んでいた。 「ごめん、寝過ぎちゃって……」 「え?週末なんだから、別にゆっくり寝てたらいいじゃない」 窓から差し込む朝日の中で、2人は楽しそうにテレビを観て笑っている。 ほんの少し前まで、自分の一挙一動が夫の神経を刺激しないか24時間怯えて過ごしていたのが信じられない。 美穂が少しくらい気を抜いても、誰も何も気にしない。隅々まで気を配らなくても、誰の笑顔も消えない。 きっとこれが家族本来の姿なのだ。ここは安全な場所なのだと、美穂は改めて実感する。 ーーでも。 それでも、どうして夫がこの場にいないのだろうとつい思ってしまう。 毎日笑顔で食卓を囲める家庭。美穂が欲しかったのは、ただそれだけだったのに。 実家での生活を始めて1週間が経つ。 家を出たことに後悔はない。ついに暴力を振るい始めた貴之から離れたのは賢明な判断だった。それは頭では十分に分かっている。 けれど感情はそう簡単にコントロールできるものでもなく、失った父親の存在を考えると、どうしても胸が痛むのだった。


    大事なものは「過去の幸せ」でなく、今と未来


    「もう大柴先生に話は伝えてあるから。頼りになる女性の弁護士さんよ」 「朋子ちゃん、本当にありがとう。忙しい中ごめんね」 丸ビルの高層階にあるイタリアンの窓際席で、美穂は森本朋子に小さく頭を下げた。彼女はもともと早希の友人で、2人きりで会うほどの仲ではない。 けれど今日は美穂から朋子に連絡を取り、彼女の勤める総合商社の近くでランチをすることになった。 過去に離婚経験のある彼女に話を聞きたく、思い切って「夫のDVで家を出たから相談に乗って欲しい」と打ち明けると、朋子はすぐに弁護士に相談すべきと驚くほどの早さで段取りを整えてくれたのだ。 「それに素敵なお店まで予約してくれて……。こんな景色眺めるの久しぶりでドキドキしちゃう」 スーツに身を包んだ朋子を前にすると少し緊張する。ショートカットの髪に薄化粧の彼女に派手さはないが、小物やコートは上質で、何より堂々とした立ち振る舞いが美穂の目には頼もしく映った。 「うん。その気持ちが大事だから」 「……え?」 「いつもと少し違う場所で、テンションを上げるの。服でも食事でもエステでも何でもいい。今は気分の良くなることをたくさんしたらいいよ」 すると朋子は小さく息を吐き、表情を崩した。 「私もそうだったから分かるんだけどさ……いくら旦那と離れる決意をしても、心が揺れたり寂しくなることあるでしょ?散々嫌な思いしたのに、わざわざ楽しかった思い出に浸って恋しくなったりさ」 一瞬、心の中を覗かれたかと思った。 まさに朋子の言う通り、ここ数日、美穂は貴之との幸せな記憶を掘り返してばかりいる。結婚前のデートやプロポーズの思い出。出産直後に新生児の湊人を抱き、感動に目を潤ませていた彼の表情。 夫婦の歯車が狂ったのは確かだが、“本物の幸せ”が存在したのも事実なのだ。 また、今も貴之からの連絡は止まない。両親がなんとか追い返したが、実家にもやってきた。美穂と湊人は部屋に隠れていたけれど、彼は土下座までして謝罪したらしい。 あとから貴之が手土産に置いていったウエストのシュークリームを見たときは、思わず湊人の前で泣いてしまった。それは美穂の一番のお気に入りスイーツだったのだ。 「でも過去の幸せになんか囚われないで。大切なのは今と未来だから。旦那とどうするかは弁護士とじっくり話して決めたらいい。それで面倒なことは全部弁護士に任せるの。美穂はとにかく前を見て、少しずつでも進んで。そのためにも、今の自分をたっぷり楽しませるんだよ」 クールで口数もさほど多くない朋子から、こんな言葉を聞くのは意外だった。 彼女は元夫の浮気が原因で離婚したとは昔から聞いていたが、いつも気丈に振る舞っていて、弱さなど微塵も感じなかったのだ。 すると朋子はまたしても美穂の心情を察したように悪戯っぽく笑う。 「……私がこんなこと言うと気持ち悪い?でも経験者しか分からないこともあるでしょ。今度は最低男たちの悪口大会でもしようよ。丸の内ランチならいつでも出られるから」 「本当に、本当にありがとう……」 今はどうしても、欠けたものばかりに心が向いてしまう。 けれど朋子の言う通り、とにかく前へ進むしかない。 そうすれば、その分はもっと良い形で埋められる。いや、自分の力で埋めなければならないと、美穂は涙を堪えながら強く誓った。


    優しい男から逃げたくなる理由


    虎ノ門の弁護士事務所を出てカフェに入ると、美穂はつい大きな溜息を吐いた。 朋子に紹介された大柴先生は、彼女の言う通り気さくで頼りになる女性だった。けれどこの先、やることは山のようにあるのだと分かった。その現実を直視すると、どうしても気が重くなる。 「美穂ちゃん!ごめん、待った?」 顔を上げると長谷川透の姿があった。瞬間、自分の顔が少し熱を持つのが分かる。 「弁護士さんの話、どうだった?」 彼は大学時代の先輩で、数ヶ月前に早希たちの集まりで偶然の再開を果たしたが、昔から面倒見の良い人柄で、家出後は毎日のようにLINEをくれた。 また自身も離婚経験があるためか美穂の話を親身に聞いてくれ、女友達には言えない弱音を吐いてしまうこともあった。 そして今日は、たまたま仕事で近くにいた透と少しお茶をしようという話になったのだ。 彼と対面するのは久しぶりだが、透は相変わらず独特な温和な空気を醸し出していて、弁護士面談での緊張がするすると抜けていく。 「正直、まだ整理がつかないんですけど……やっぱり離婚を目指そうと思います」 思い切ってそう口にすると、声が震えてしまった。 貴之に暴力を振るわれた時から、「離婚」の二文字はずっと頭の中にあった。しかし親も含め、離婚の意思をはっきり宣言するのはこれが始めてだ。この言葉を口にすると、現実に押し潰されてしまいそうだったのだ。 「そっか。息子さんの様子はどう?」 「実家でおじいちゃんおばあちゃんと過ごすのは楽しいようで、今のところ問題ないです。新しい学校にも初日から元気に登校しました。でも、きっと私に気を遣ってるんだと思います。表面的には明るい子だけど、根が繊細なのは分かってるから……」 美穂はつい言葉に詰まる。 数日前に湊人の転校手続きを終えたばかりだが、慣れた環境や友達と引き離してしまうのは本当に辛かった。 「俺は子どもがいないから軽々しいことは言えないけど……でも男ってさ、やっぱり母親が大好きだから。美穂ちゃんと一緒にいられるのが一番だと思うよ」 「ありがとうございます……」 「それにしても、ずっと連絡が取れなかったから心配したよ。焦って絵梨香にまで聞いたりしてさ」 「ご、ごめんなさい!夫のことで色々と混乱してて……」 慌てて弁解しようとして、ハッとした。 そのとき透は、あまりに温かい表情で美穂を見つめていたのだ。 「いや、いいんだ。本当によかったよ。まさか美穂ちゃんみたいな女の子を殴る男がいるなんてマジで信じられないけど……大事にならなくて本当によかった」 透に連絡ができなかったのは、実は夫が原因だけではない。 前回偶然2人きりで話したときから、彼にはあまり近づいてはいけないような気がしていた。 そして今、溜息交じりに微笑む透の姿を見て、自分の勘は正しかったと実感した。彼は、長い間忘れていたおかしな感情を美穂に思い起こさせるのだ。 「今度からは、何かあったら絶対に教えて。俺が力になるから」 先日早希に同じ言葉をかけてもらったけれど、意味が少し違うように感じた。 身体の奥に甘い感覚が広がるのと同時に、なぜだか恐怖にも近い感情に襲われる。彼のまっすぐな優しさが痛い。 美穂は透に笑顔を返すことができず、今すぐこの場から逃げ出してしまいたいような衝動に駆られた。


    引用先:「夫が恋しい…」DVで別居した妻が、涙するほど夫をひきずる理由(webマガジン mi-mollet) – Yahoo!ニュース



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