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酒浸りの彼女と「No」が言えない優しい彼…依存症を悪化させる「イネイブラー」という存在
  • ココロブルーに効く話 小山文彦

     家族でも友人や恋人同士でも、相手の意志を全てそのまま認め、許すことが、必ずしも本当の支えにはならないことがあります。とくに、アルコールなどの薬物やギャンブル、ゲームなどへの依存症を抱える人の欲望のままの行動を、支え手が温情で許し続けることは、症状を進行させることにつながります。こうした支え手の心情自体は、むげに責めがたいのですが、結局は「イネイブラー」(可能にさせる人の意;enabler)と呼ばれる、状況の悪化を招く存在となってしまいます。


    わがままな彼女に振り回されて

    アケミさん(21)とマサオさん(23)は交際を始めて2年になります。当時、私が勤めていた総合病院の内科に、アケミさんがアルコール性肝障害で入院していました。その数か月前から、彼女が勤めていたカラオケスナックの客足が乏しくなったことで、アケミさんの飲酒量が増えたことがきっかけでした。マサオさんは、仕事である会社の運転手を務めた後、アケミさんのいる店を毎晩のように訪ねますが、いつも酔っ払っている彼女のことが心配になっていました。日中も体がだるそうで、部屋も散らかり、だんだんと暮らしがすさんできました。


     その姿を見かねたマサオさんが、「ちょっと飲み過ぎじゃないのか」などと諭しても、「うるさいわね、まあくん(マサオさんの愛称)に何がわかるのよ?!」と一蹴(いっしゅう) されてしまいます。普段から二人の間柄では、アケミさんがすべての主導権を握っており、マサオさんは彼女の行きたいところに車を走らせ、彼女の食べたいもの、買いたいものは、たいていマサオさんがお金を出して、与えている状況でした。いわば、アケミさんの言いなりになり、その行動に振り回されているマサオさんでした。


     ある朝、出勤中のマサオさんに、アケミさんから電話がありました。


     「まあくん、病院に連れてってよ~」


     昨晩も飲み過ぎたのか、力のない声で、全身のだるさとかゆみがひどいと訴えました。


     マサオさんは、出勤中の旨伝えますが、「あたしより仕事なの?……じゃあ誰か、店のお客さんにでもお願いしようかな?」などと、彼女はマサオさんの気持ちを試すような言葉で振り回します。結局は、この朝もマサオさんは、仕事の合間に彼女の「足」(この当時、よく 揶揄やゆ された「アッシー」)となり、近くの総合病院へアケミさんを連れて行きました。


    勝手に病院を抜け出して飲酒

     病院での検査の結果は肝機能障害。倦怠(けんたい)感や皮膚のかゆみなどは、その典型的な症状です。過度の飲酒で、肝臓だけでなく、胆道(胆のうにつながる管)にも負担がかかっていました。内科医は、アケミさんにアルコールを控え、帰宅して処方薬を服用するように伝えましたが、アケミさんは強く入院を希望しました。内科医が、それに少し渋った様子を見せた時、マサオさんは、アケミさんの顔色をうかがうように、強い口調で「なんとかならんのっすか!」とすごんでみせたのだそうです。


     内科医ももめ事を避けたかったようで、結局、アケミさんは短期間の予定で内科病棟に入院となりました。ただ、これまで連日飲酒しているアケミさんは、入院後に離脱症状の出現が予期される状態でした。その日の午後、同じ病院に勤務する精神科医の私に、内科病棟から連絡がありました。


     しかし、その日の夕方、私が内科病棟に往診した時、アケミさんの姿は病室にありませんでした。なんと彼女は、病棟に何も伝えないまま自宅に帰り、いつものように飲酒を始めていたようです。


     翌朝、内科医からの連絡で、あらためて私が病棟を訪ねると、アケミさんは病床の上で酩酊(ひどく酔っ払った)状態で横たわっていました。そのため、当初予定されていた病室から個室に移されており、ベッドサイドにはマサオさんが座り、脇には2人の看護師が立っていました。自ら望んだ入院だったにもかかわらず、無断で病院を抜け出し、翌朝に酔っ払って病院に戻ってきたわけですから、看護師たちも立腹の様子を隠せません。


     私には、アルコール治療病棟の勤務経験があります。これまでのアケミさんの経緯からして、この機にアルコール依存症治療の専門施設での治療への切り替えが妥当だと考えました。ただ、当のアケミさんは酩酊状態です。このときに専門治療を勧めても理解と同意を得るのは難しいため、まずはマサオさんに話してみました。私にしてみれば、肝臓の治療だけでなく、お酒を止めるための依存症の治療が必要なこと、それには専門の治療施設が望まれることを、穏やかに伝えたつもりでした。


    医師に「あんたの態度はどうなんだ!」と

     しかし、この時のマサオさんは、私の顔も見ることもなく、嫌悪感をぶつけてきました。


     「体がしんどい患者に、あんたは、出て行けって言うんか?!」


     すかさず、看護主任が割って入ります。


     「先生の説明を聞いてください! これだけ酔ってらっしゃるから、しんどいのは当たり前ですよ」


     それを受けて、私も「彼女の酔いが覚めて、あらためてお話ししましょうか?」と冷静に続けました。


     マサオさんは、私の目を見ないまま、「医者として、その態度はどうなんや? 看護師を味方につけて、えらそうにするな!」


     あまりにも荒っぽい語気に、アケミさんが、「まあくん、どうしたん……」と目を覚ましかけますが、再びすぐに眠りに落ちました。


     その様子を見て、マサオさんは、しばらく考え込んでいるような様子でした。傍らで私は「彼も本当は大変なはずだ」と考えていました。


     ところがマサオさんは、再び私に向かってすごみ始めたのです。


     「おい、味方の看護師はここから出ていかせて、差し(二人だけ)で話さんかい!」


     あまりにも予想外の反応に、看護師たちは呆気(あっけ)にとられ、黙り込んでしまいました。


     私も内心身構えましたが、とにかく事態の収拾を図ろうと考え、「よし。わかりました!」と看護師たちを病室から出るよう促しました。2人の看護師は心配そうに振り返りながらも、病室を出ていきました。


    一転、涙を流した彼の言葉

    アケミさんの眠るベッドを挟み、マサオさんと私は向かい合う形になりました。


     私はマサオさんの顔を直視しますが、彼は相変わらず私と目を合わせることがありません。荒い口調に見合うほどの強い攻撃性は見受けられなかったのです。


     そのまま、数秒ほど過ぎると、マサオさんは、「先生!ごめんなさい!」と、突然、私に頭をさげて、こう続けました。


     「どうしたらいいか、わからんのですよ……」


     マサオさんは涙を流していました。急に翻ったような彼の態度に、これまでの彼の心労を見た思いがしました。思いがけない展開に、 安堵あんど 感とともに、アケミさんの治療への好機が訪れたことを感じました。


     眠り続けるアケミさんを挟んで、私もマサオさんもベッドの端に腰かけ、私はあらためてマサオさんに説明を始めました。


     「今のアケミさんに必要なのは、断酒と離脱症状のコントロールです。そのためには、酒害の学習や断酒会などの集団プログラムなどに、なんとか適応できたらいいと考えています。ご本人にとって、始めはつらいかもしれないけど、マサオさんもいっしょに頑張ってほしいと思います。」


     マサオさんは、しばらくうなずいた後、初めて私の目を見て、答えてくれました。


     「はい。なんとか説得してみます。どこに行けばいいですか」


     私は依存症治療を行っている仕事仲間の病院に、すぐに紹介状を書きました。


     それを受け取ると、マサオさんはまだ朦朧(もうろう)としているアケミさんを抱き上げて、二人で帰って行きました。


     病院玄関まで見送りに出ましたが、一緒にいた看護主任が私にこう言いました。


     「先生、ハラハラしましたよ。でもこれから、ちゃんと治療に乗っていってほしいですね」


    大切な人の支えになるということ

     翌週の土曜日、マサオさんがアケミさんを連れて、再び私の外来を訪れました。アケミさんは、最初はアルコール依存症治療の病院へ行くことを渋ったようでしたが、マサオさんの強い説得で断酒治療を始めることになりました。これまではアケミさんの意のままに振る舞ってきたのに、このときばかりは治療を受けることを譲らなかった彼の言葉が、アケミさんの心を動かしたようでした。その後のアケミさんは、私が紹介した病院で治療を受け、断酒プログラムを乗り越えていきました。


     その間もずっとマサオさんは彼女を支え続け、数年後に二人は結婚しました。やがて、小さな子どもと一緒の姿の絵はがきが私に届きました。


     マサオさんにとって、かけがえのない存在であったアケミさんは、日々の仕事によるストレスが契機となり酒浸りになってしまいました。彼自身が「その瞬間の関係さえよければ」と考えていたためか、彼女に厳しいことを言わず、全てにおいて「 No 」を言えない間柄だったようでした。確かに、それでうまくバランスを取っているカップルも存在します。


     ただ、問題はアケミさんがアルコール依存症になったこと。依存症は、わがままなどではなく、お酒や薬物などがやめられなくなる、れっきとした疾患です。依存対象から離脱し、症状から回復するためには、本人の意志が大切なのは言うまでもありません。ただし、人の意志のすぐそばには欲求があるものです。当事者と一緒にそれを受け止め、やわらげて、依存対象からの離脱を後押しできるのは、パートナーや家族、友人なのです。


     マサオさんが、「イネイブラー」を卒業できたことは、アケミさんにとって何より大きな支えとなったのでした。


    引用先:https://news.yahoo.co.jp/articles/32a0d16984ef80855c3b5440850fa6eda1a88d8a


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