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「発達障害かも」で退職促された27歳男性の謎、自身を「産業廃棄物みたいな存在」と訴えるワケ
発達障害だから、ではない――。整備士として働いていたケントさん(仮名、27歳)は発達障害かもしれないと話しただけで、会社を辞めさせられた。
同僚の整備士が5分でできる部品交換に、自分は10分かかってしまう。仕事が立て込むと、点検漏れや発注忘れをする。マニュアル冊子を手に修理しているのに、いつの間にか関係のないページに目移りしてしまい、定刻を過ぎても作業が終わらない。車両の洗車中、順番を待っている先輩たちに気づかず、「俺らは一生洗えねーな」と嫌味を言われる。
当時の働きぶりについて、ケントさんは「普通の人が簡単にできることが自分にはできませんでした」と打ち明ける。 ■「本当は何か障害があるんじゃないのか?」 勤続3年目のある日、上司から「本当は何か障害があるんじゃないのか?」と尋ねられた。ケントさんは知人から発達障害なのではないかと指摘されたことがあると、正直に伝えたという。すると、すぐに別の上司に呼び出され、会社を辞めるよう促された。 その上司いわく「今後、ケガや労災という話になったら、会社も叩かれるし、君にとっても負担になる。整備士として入社したからには、他部署への異動はできないから、もう社内に君の居場所はない。自主退職が会社のためでもあるし、君のためでもあるんだ」と。ケントさんは求められるまま自ら退職した。
企業が、一定の水準に達しない社員に退職を持ち掛けることはただちに違法とはいえない。一方で障害者雇用促進法は障害者であるという理由での解雇を禁止しているほか、障害者差別解消法は企業に対し、障害者が働くうえでの環境整備や特性を考慮した部署への配置といった一定の「合理的配慮」を行うことを義務付けている。 ケントさんの話を聞く限り、会社が合理的配慮に努めた様子はない。それどころか、ケントさんがケアレスミスを防ぐため「メモを取らせてほしい」と申し出た際には、「一度聞いたことは記憶しろ」「体で覚えろ」などと言い、メモを取ることを禁じたという。提案された改善案を無視し、発達障害の可能性があるというだけで退職勧奨するなど、会社側の対応は相当に悪質である。
一方でケントさんはなぜそんなに簡単に退職勧奨に応じてしまったのか。会社に労働組合はなかったのだろうか。私の疑問に対し、ケントさんはこう答えた。 ■争ったり、もめ事を起こしたくない 「会社に労働組合はありました。組合の人からは『辞める以外にも方法があるんじゃないか』『会社と話し合いをするべきだ』と言われました。でも、私が会社と争ったり、もめ事を起こしたりしたくなかったんです」。 本連載の取材をしていると、不当な退職勧奨に対し「争いたくない」との理由で黙って従ったという人に出会うことは珍しくない。彼らはなぜ争うことを避けるのだろう。声を上げることのリスクを恐れる気持ちは理解できる。しかし、一番悪いのは会社だし、理不尽な要求に対して怒らなければ、一方的に不利益を強いられるだけなのではないか。
労働者が権利を主張することは法律で保障されており、迷惑や身勝手と批判される行為ではない。怒ることや権利を主張することが悪いことでもあるかのような風潮があるのだとすれば、それはとてもあやういことのようにも思える。 ケントさんはある地方都市で生まれ育った。両親は共働き。裕福とはいえず、大学進学は経済的な理由で諦めた。同じタイミングできょうだいの1人が寮生活を始めることになり、そちらにお金がかかるのでケントさんの学費は出せないと言われたのだという。
「田舎だったので、実家から通える大学はありませんでした。下宿しながら、奨学金を借りてバイト漬けという生活は自分には無理だと思いました。(親から学費を出せないと言われたことは)今でも不満に思っています」 工業高校に進んでいたケントさんは自動車整備士の資格を取得した。しかし、高校に来る求人は正社員にもかかわらず、月給15万円ほどの自動車販売店のものがほとんど。教師の勧めもあり、専門的な知識や技術が求められるが、自動車販売店よりは待遇のよいショベルカーやブルドーザーといった重機車両を扱う会社への就職を決めた。月給は約20万円。なんとか1人暮らしをしながら、将来に備えて毎月5万円の貯金をすることもできたという。
しかし、先述したようにこの会社を3年ほどで退職。その後はドラッグストアやコンビニでのアルバイトや、ごみ収集の臨時職員などをしながら公務員試験に挑戦した。しかし、数年間で10回以上受験したものの、いずれも不合格。やむを得ず民間の転職支援サイトに登録したところ、経験者という理由で整備士の仕事を紹介された。 「前の会社のこともあったので不安もありましたが、働くからには今度こそ死ぬ気で努力してついていこうと思いました」とケントさん。しかし、再就職先は深夜までのサービス残業が常態化し、社員の入れ替わりも激しい会社だった。ケントさんも「体力的にきつくて、半年が限界でした」。
その後は実家に戻り、ハローワークや若年層の就労支援などを行う「若者サポートステーション」、地元の障害者職業センターなどに足を運びながら仕事を探している。この間、心療内科を受診。予想通り発達障害と診断され、昨年には障害者手帳を取得した。 「マルチタスクが必要な整備士は一番向いていない仕事だったんだと分かりました。納得した半面、これからどうすればいいんだろうと思うと不安です」 ■周囲は「挑戦」に否定的
現在はプログラマーとして働くため、独学で勉強しているという。発達障害の特性を考えたとき、プログラマーなら人間関係に煩わされることもなく、自分のペースで成果を上げられると思ったからだ。しかし、周囲はケントさんの挑戦に否定的だという。 障害者職業センターの担当者たちからは「プログラマーも急なトラブルに対応しなくてはならない大変な仕事」「もっと簡単で、ミスをしても怒られないような、のほほんとできる仕事のほうがいいのでは」と“アドバイス”された。同居している両親からも「プログラマーで食っていけるのか。もう若くないんだから早く働かないと」と急かされているという。
ケントさんは「じゃあ、どうしろっていうんですか」と苛立ちを露わにする。 「簡単な仕事っていうけど、それじゃあ給料が安くて1人暮らしなんてできませんよね。長く働くために、手に職を付けようと思って勉強してるのに。君には無理だから簡単な仕事をしなさいと諭されるばかりで……」 もう一度1人暮らしをしたいという夢を持ち、働く意欲もあり、努力もしている。それなのに勧められるのは自活もできない低賃金の仕事ばかり。自身の希望と社会的なニーズの乖離は絶望的に深い。
取材で話を聞いているとき、ケントさんがふいに持論を語り始めた。 「社会をよくするために、まずは投票に行くことだと思うんです。自民党の政治が続いていますが、もう何年も給料が上がってない。消費税は10%になったけど、税金の使い道は不透明ですよね。税金は上がるのに、給料は下がるという負のスパイラル状態。もっと日本人に優しい政治をしてほしい」 日本人に優しい政治? どういうことだろう。 「私たちの給料が上がらないのは、外国人労働者が増えたせいです。日本人よりも安く働く人がいれば、企業も日本人の給料を上げようと思わないし、日本人なんていらないってなってしまいますよね」
なんだか雲行きが怪しくなってきたような気がする。ただケントさんがコンビニでアルバイトをしていたとき、日本人スタッフの時給よりも外国人のほうが安いのは暗黙の了解だったという。 ケントさんは普段、どんな情報に接しているのだろうか。私が尋ねると「ひろゆきさんや、ABEMAのニュースです」という答えが返ってきた。 ネット掲示板「2ちゃんねる」開設者のひろゆきさんの意見を聞いたり、ネットテレビ局「ABEMA」のニュース番組を見たりすると、独自の視点に気づかされることがあるという。
正直、ひろゆきさんも、ABEMAによるニュース番組も、私が共感できない意見や主張の多い人物、番組のひとつではある。最近の沖縄・辺野古新基地建設に反対する「座り込み」をめぐる主張や報道ぶりをみていると、「冷笑主義」と「逆張り」もついにここまで来たかという嫌悪感しかない。ただどんな主張に共感するかは、それぞれの自由だろう。 ■自分は何のために生まれてきたのか 日本人の賃金が上がらない原因について言うなら、ケントさんの指摘には一理ある。しかし、それは外国人労働者のせいではない。悪いのは、外国人を不当に安く使う企業であり、そうした状況を放置してきた国の政策だ。
私がそう指摘すると、ケントさんは「たしかに外国人も被害者ですね」とうなずく。ケントさんは決してゼノフォビア(外国人嫌悪)ではない。 ケントさんは「困窮する未来しか見えない。自分は何のために生まれてきたのか。意味のない、必要のない、産業廃棄物みたいな存在だと感じます」と訴えた。 ひろゆきさんのTwitterフォロワー数は、「座り込み」に関する投稿が批判された後も増え続けているという。 悪質企業に抵抗することもできず、自らを「産業廃棄物」に例える若者が、日本有数のインフルエンサーに傾倒する。その現実を前に複雑な気持ちになる。
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引用先:「発達障害かも」で退職促された27歳男性の謎、自身を「産業廃棄物みたいな存在」と訴えるワケ(東洋経済オンライン) – Yahoo!ニュース