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精神科医が見たひきこもりの現実
2017.11.22
「社会的ひきこもり」という言葉が誕生してから20年近くたつ。社会から姿を隠している彼らの実態は、いまだによく知られていない。ひきこもりの当事者とその家族の相談を長年行っている精神科医がその実態と現状について語った。
いま日本において、多くの若者たちが、この社会から続々とコンセントを抜き始めている。
社会とのつながりを持たない彼らは「社会的ひきこもり(以下、ひきこもり)」と呼ばれている。しかしその実態は、まだまだ一般的に知られていない。ひきこもりは1000人いたら1000人とも、ひきこもり方、背景や経緯もそれぞれ異なり、千差万別だ。一体ひきこもりとはどのような者たちなのか。
「ひきこもり」の定義とは以下のものだ。
①就労・就学していない。
②精神障害ではない。
③家族以外の他者との交流を持たず6カ月以上続けて自宅にひきこもっている状態。
この定義の中で、最も重要なのは、③だ。彼らは、1人の友人もなく、社会的に孤立している。都会の真っただ中で、孤立し、社会との関わりを持たない者たちだ。
一説にはこのような者たちが、日本の社会の中で100万人いるとも言われている。100万人のひきこもり当事者と、何十年もひきこもる子どもを抱える親200万人の数を合わせると、20歳以上の人口の3%近くに達する。とても無視できない数であり、大きな社会問題となっていいはずだが、多くの人々はなぜかこの問題に無関心でいる。
多くの日本人は、ひきこもりを、仕事もせず親に養われている存在で「甘えている」とか「怠け者」とみなしている。強調しておきたいのは、好きこのんでひきこもる者は1人もいないと言うことだ。もしそれが『甘え』や『怠け』というのなら、なぜひきこもる者やその親たちは、こんなに苦しんでいるのか。
キーワードは「恥」と「葛藤」
ひきこもりを理解するためのキーワードは「恥」と「葛藤」である。ひきこもりの当事者たちは、一般の人と同じように働けない自分を深く恥じている。皆と同じように働けない自分は人間のクズであり、一生幸せになる資格はないとまで思い詰めている。親の期待を裏切って、親に申し訳がないとほとんどの者が感じている。
「葛藤」とは、社会に出ていけない自分と、それを責め続ける自分とがとことん追い詰め合う内戦状態であると言ってよい。消えてしまいたい、生まれてこなければよかったと、多くの者たちが語っている。中には苦しさのあまり、疲弊しきってベッドから起きられない者もいる。この葛藤の苦しみが、何年も、時には何十年も続くのだ。
深刻なケースでは、トイレやシャワーを使う以外、まったく部屋から出ようとしない。食事も家族が寝静まった夜中に冷蔵庫の中のものをあさって食べる。同じ家にいながら家族との会話もまったくなく、家族と接触することを極度に恐れている。ある母親は、子供が12歳からひきこもりになって以来、子供と言葉を交わしていないため、声変わりした声を聞いたことがないと嘆いていた。
彼らは雨戸やカーテンをいつも閉じっぱなしにしており、自分が部屋にいる気配を消そうとする。一切の音をたてないために、TVやパソコンを見る時もヘッドホンをつける。歩くときも足音を忍ばせて歩く。人によっては、真夏でも真冬でも、冷暖房をつけない。なぜだかわかるだろうか。冷暖房を使うことで、自分の存在や行動を家族や近隣に悟られたくないからでもあり、自分にはそれらの家電を使う資格もないと思っているからである。このように苦しみの中でもがいている者を「甘えている」や「怠けている」と一刀両断に片付ける前にもっと彼らのことを知ってほしい。
「働かなくてはいけない」けれども「働けない」
彼らが恐れているのは、他者から「今何をしているか」と聞かれることである。あるクライアントは、「その質問を恐れて、まるで逃亡者のように逃げ回る」と語っている。その結果、友人、知人、他者との交流を自ら断ってしまう。
ひきこもりの6割前後に就労経験があると言われている。彼らは常識を越えた過重労働(時に月200時間を超える残業)や慢性的なパワー・ハラスメントを受けてきた者が多い。その結果、働くことへの強い恐怖感や生理的拒否感を持ってしまう。
ひきこもりの定義で述べたように、彼らは精神障害でない。障害でないのでこれといった治療薬や治療法もなく、本人の変化を見守ることしかできない。「働かない」のではなく、「働けない」もしくは「働けなくなった」者もいる。一般的に漠然とひきこもりは、精神障害をもっているか、心の弱い人たちと思われている。しかし、ひきこもりとは心が強いとか、弱いという「心の問題」ではなく、「(自責感から)働かなくてはいけないけれども働けない」という「労働問題」としてみる視点も必要かもしれない。
では、この深刻なひきこもりという状況から、彼らをどうやって救出できるのであろうか。中には無理やり引き出すような強制的な介入も行われてきたが、うまくは行っていない。その一方でここ数年、当事者によるさまざまな活動やネットワークで支えあう仕組みが生まれつつある。カウンセラーや精神科医との連携、当事者による当事者を対象とした集会や、当事者による新聞『ひきこもり新聞』発刊などの動きもある。親御さんとカウンセラーのカウンセリングによって家族のダイナミズムが変わっていき、当事者が変化していく例もある。時間はかかるが、当事者が社会とのつながるきっかけを見つけ、社会のひきこもりへの理解を少しずつ広め、受け入れられる環境を整えていくしかないだろう。
ひきこもりとは、社会とつながりたくてもつながれない人たちが、この日本社会で生き延びるための、ギリギリの戦略であり、自らの尊厳を守るための自己防衛として、最後に残された選択であるのかもしれない。
引用先:https://www.nippon.com/ja/column/g00455/
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