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7年間、ひきこもりだった僕が“ひきこもりに悩むみなさん、そしてご家族の方に、伝えたい”こと

2019.07.25

僕は今、39歳。

僕の新著『今ひきこもりの君へおくる 踏み出す勇気』について、少し話したいと思います。

本のなかでは、不特定の方にメッセージを送るために、いたしかたなく「あなた」、「君」などと表現せざるを得ない箇所があり、生意気ともとれる呼称を使いましたことをどうかご容赦ください。

 また、できる限り曖昧な表現はせずに、正直に僕の思いを伝えることを意識的に心がけましたので、時には感情的になっていることもあるかもしれません。その点はみなさんから今後もご指導いただきたく思います。

 僕がこの本で最も伝えたかったことは、ひきこもっている本人に対して「今からでも遅くはない、限りある時間を大事にしてほしい」ということです。策を立てずに目を背けてほしくないのです。僕がひきこもり状態にあった時にもがき苦しんだ思い、それと同じであるならば一日でも早くラクになってほしいのです。

 逆のことを言うようですが、「ひきこもり」とはそんなに悪いことでしょうか。僕は、最近の事件で、世の中がことさらに警戒している状況に違和感を持っています。

 雨風をしのげる住まいがある。

 食べ物に困らない。

 適度なレジャーも与えられている。

 何が悪いのでしょうか。

 少なくとも誰かに迷惑をかけていない限りにおいて過剰に騒ぎ立てる必要もないと思います。むしろ、誰もが、何らかのきっかけでひきこもってしまう可能性はあるとさえ思います。もちろん、ご家族の方々や、本人の「働きたくても働けない」状態にいる場合の葛藤は大きいこともわかります。

 ただ、ひきこもりが多くいる社会を歴史的に見れば、「日本は、豊かな社会になったのだ」とも言えないでしょうか。

 人類は死の恐怖に脅かされてきた長い歴史があり、少しでも豊かになるために努力を重ねてきました。世界ではまだ貧困に苦しむ国や地域がありますが、こと日本に限定した場合、外敵に脅かされることなく、今日明日の食べ物の心配もなく暮らしていけるのであれば、この上ない幸せなことだと思うのです。

 つまり「ひきこもり」という言葉自体が悪くとらえられているだけのことであり、豊かに生活できているならば、何も言うことはない、また何も言われることはないのではないでしょうか。

「幸せ」とは、極論すれば「安心して眠れること」、「お腹がすいていないこと」につきると僕は思います。それにもかかわらず、なぜ「ひきこもり」が問題視されているのでしょうか。

 いずれは、親子ともども、「7040問題」、「8050問題」の末、経済破綻してしまうから―。

 つまり、「お金」の問題として将来への不安が問題となっているのでしょう。

 ですが、その将来への不安は、今の充実がない限り解決の糸口はないのです。

 今を生きる。ひきこもった本人が「今、ここ」を生きるために、自分の頭で考え、納得して、自分の足で立ち、切り開いていくしか将来への道はありません。

 ひきこもっている人の「多さ」から不安を煽り立てる世の中に対し、僕は言いたい。ひきこもっている本人は、ひきこもらずにいるみなさんと同じように名前を持ったひとりの人間であること。また彼らも最高の人生を歩みたいと思っていることを。

 僕には「ひきこもり」の人になんとか脱出してほしいという強い思いがあります。

 理由はひとつです。本人が苦しんでいるからです。

 社会と接点を持ちたいのに、接するのが怖い、勇気がない。世の中に出てみんなとつながりたいのに、ダメな自分を認めるとみじめになってしまう。だからそんな自分を認めてくれない「社会が悪い」と自己正当化をして自らを逃避させている。

 でも、自分「勇気のなさ」に打ちひしがれ、「社会が悪い」と独りごちるのも、どこかで自分以外の誰かと接点を持っていたいという思いから来ています。

 誰もひとりでは生きられない。

2019年6月1日に、元農林水産省事務次官の父に刺殺されてしまった44歳の息子さんの最後のツイートの「ひとりでは」という言葉には、「ひきこもることから脱出し、生きたい」という願いがあったのだと思います。

 7年間、ひきこもりだった僕は、毎日が不安でした。

 不安で仕方がないのに、傷つくのが怖くて動けない。動けない自分を認めたくないから「働くことは悪だ」と言い訳をする。頑かたくなに言い訳を続けるも不安はさらにつのる。この負のループは、何か強い「きっかけ」がなければ永遠のごとく続いてしまいます。

 僕は、もがき苦しんだ末に、ひきこもりからの脱出、そして発達障害を克服するための方法を見出しました。

 そして、ひきこもりで苦しんでいる人たちに僕が僕自身のために見つけた改善法をお伝えしたところから、徐々に相談者が増えていきました。

 わかりやすいように「発達障害カウンセラー」などという肩書がつきましたが、僕自身としては、自らの苦しんだ経験をもとに、なんとか脱出したいと勉強して、それが改善につながったために、「他の人にも有効なのではないか?」と考え、相談を持ちかけられた時に適宜その改善策を伝えてきただけのことです。

 心の奥底で苦しんでいない「ひきこもり」の方がいるだろうか―。

 世間が勝手に「ひきこもり」を差別していいのだろうか―。

 答えはわかりません。

 今言えるのは「僕自身は苦しかった。だから脱け出したかった」

 だから、もし同じであるならば伝えたいのです。

 苦しんでいるのならば、脱出する方法はあることを。

 苦しみを認知できた時、すでに「答え」は見えていることを。

 僕は感じています。ひきこもってしまった人たちは、花にたとえれば「蘭」だと思うのです。野や山に自生する野生ランは日本だけでも数百種を数え、そのどれもが美しく、希少性の高いものとされています。

 たんぽぽがあちこちで咲くように、蘭はどこにでも咲けるのではなく、咲く場所を選びます。各々にふさわしい土に根をはり、そこから養分を吸収し、見事にその姿を開花させています。どんな土地でも適応し、どこにでも咲かせられるような花ではなく、たとえば断崖に咲き誇る蘭は、その場所だからこそ崇高な姿を誇れるのです。それゆえ、人々を惹きつけるのです。

 あなたは、あらゆる環境に適応する育てやすい花ではなく、ていねいに細かく環境を選ばなければならない特別な気質を持った存在。ひきこもったのは、無能で精神的に脆弱だったからでは決してないのです。

 この本で述べたのは、ひきこもりの原因となった生きづらさは、あなたの「発達障害」にあるかもしれないということ。

 繰り返しますが、ひきこもった期間が長ければ長いほど、解決・改善が難儀で時間を要するという考えは捨ててください。「花の根=あなたの才能」は決して枯れることはない。何歳からでも咲かせられます。スモールステップを積み上げ、気負わず、淡々と、実践するのみです。

 ひきこもりの改善は「ドミノ倒し」のようなもので、ドミノ群の先端をひとつ押せば、次々と問題点が倒され、すべてが進んでいきます。

 僕のセッションでは、ほとんどの方が1年半~2年で改善し、セッションを卒業していきます。今からはじめて改善まで1~2年かかると聞いていかがですか? 長いと感じますか? 忙しくても忙しくなくても、たいていは1年なんてあっという間に過ぎるものです。何の策も立てずに1年を過ごすのか、今、はじめるのか―。

 ひきこもりに悩むみなさん、そしてご家族の方に、伝えたいです。

 ひきこもりの期間は「失われた時間」ではなく、自分の特性を見極める貴重な「助走」期間だったのだ―。

 高く将来へジャンプするための助走。

 そう思えるはずです。

 今こそ、勇気を持ってその一歩を踏み出してみてください。

引用先:https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190725-00010459-besttimes-life

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