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TVタックルひきこもり問題、 当事者が本当にほしい支援、親に必要な支援とは
2016.04.07
テレビ朝日『TVタックル』が放映した「大人のひきこもり」特集の番組のつくり方には問題があるとして、4月4日、5人の引きこもり経験者や精神科医の斎藤環氏ら専門家と一緒に記者会見を開催した。これには大きな反響が寄せられた。
番組内では、高齢の両親からの依頼を受けた「ワンステップスクール伊藤学校」の廣岡政幸校長が、自宅に引きこもって暴力を振るう息子(47)の部屋のドアを素手で突き破って怒鳴ったり、連れ出したりするシーンが流れた。記者会見では、そうした報道に対して、人権意識が欠けていると主張。斎藤医師は記者会見後、BPO(放送倫理・番組機構)の放送倫理検証委員会に対して、同番組の放送内容の審議を要請した。
今回のように、これまで個々につながりのなかった引きこもり当事者たちがリスクを冒し、メディア向けに会見で思いを伝えること自体、初めての出来事だといえる。
筆者の元にも、会見を開くという情報をツイッター等で知って、全国から数多くのメールやメッセージが届けられた。
前日たまたま開かれた「引きこもり」というテーマに関心のある多様な人たちが集まる『庵』には、「激励を言いに来た」と、遠くから会いに来てくれた当事者たちもいた。
そうした公の場には出られない「声なき」当事者たちの気持ちや思いに突き動かされるようにして、筆者も当日の会見に臨んだ。
大きすぎたテレビ番組の影響「お手本にしようと思った」との声も
斎藤氏が呼びかけた会見の趣旨は、放送で紹介された支援団体を排除したいというものではない。引きこもっている当事者に「支援者」として接するのであれば、「暴力を用いた」手法ではなく、リスペクトの関係として「尊厳に対する配慮を踏まえた」手法で臨んでもらいたいというのが主張だった。
しかし、引きこもっている本人を「犯罪者予備軍」であるかのように仕立て、困っている親を「被害者」という構図に落とし込み、部屋のドアを打ち破って大声で威圧する暴力的手法を映像で流し、批判も検証もされないまま放送したテレビ番組の影響は大きかった
地方のある「ひきこもり家族会」に出かけたら、若い支援者がたまたま番組を見ていて、「あれくらい強引な方法で家庭訪問しなければいけないのかと思い、お手本にしようと思っていた」と話していて驚いた。
また、会見の前日に東京都内で開催された『庵』でも、たまたま初めて参加した母親が筆者の元に来て、「息子が同じような状況なので、あの学校に問い合わせようと思っていたんですが、どう思われますか?」と尋ねてきた。
当事者がもっとも望まない支援は「訪問」“親子断絶”を招く可能性も
では、引きこもる中高年に追いつめられた家族は、何ができるのだろうか。
1999年に設立された家族会の全国組織である、NPO「KHJ全国ひきこもり家族会連合会」では、引きこもり当事者が求めている「支援」について調査を行っている。
同会理事でもある徳島大学の境泉洋准教授が、2006年に当事者53人を対象に行った調査によると、当事者がもっとも「望んでいる」支援は「居場所」で、8割近くに上る。
それに対して、当事者がもっとも「望んでいない」支援が「訪問」だった。
境准教授は「当事者がもっとも望んでいない訪問支援を実施するには、慎重な検討が必要になる」と指摘する。
また、長年、家族同士の情報交換などを通じて蓄積してきた当事者会ならではのノウハウを豊富に持つ同会は、厚労省からの受託事業で、地域における「ひきこもり支援ガイドライン」を作成している。訪問支援の意味について、境准教授は、こう警鐘する。
「家庭訪問は、引きこもり問題専門の支援者であっても、難しい支援手法です。訪問に意味があるとしたら、それは信頼できる他者との出会いと言えるでしょう。信頼関係がなければ、次への展開はありません。報道にあったような暴力的な訪問によって、信頼できる他者と出会える可能性は皆無です。暴力的な訪問は、当事者を恐怖で委縮させてしまいます。ひきこもり当事者に必要なのは、信頼できる人と出会えた安心感であることを、多くの方に理解していただきたいと切に願っています」
番組の映像にあったような手法で外に連れ出されて、寮などで集団生活に入ったとしても、「恐怖の支配」はいつまでも続くことになる。
こうした“引き出し業者”の施設から脱走してきた人からの情報も、たびたび寄せられてくる。彼らの多くは、それらの施設への憎しみだけでなく、「自分を裏切った」親への不信感をより強くして帰ってくる。
「KHJ全国ひきこもり家族会連合会」の 池田佳世代表は、こう訴える。
「今回のメディアでのドアを破壊する放映は行き過ぎであり、個別問題として解決する方向を強調することに断じて抗議します。とくに映像を担う方々に二次被害者を作らないためにも、モラルのある規制を作っていただきたいと要望します」
そのうえで、高年齢化によって将来を悲観し、追い詰められた「引きこもり家族」たちに対して、こう呼びかける。
「人との関係を絶った引きこもりの子どものためにも、親同士の関係をつくり、人との連携づくりをしていきませんか? 空を飛ぶ鳥も渡りの時はみんなで協力し合って数千キロも上昇し、零下のヒマラヤの山の上を飛んでいきます。オットセイやペンギンも子どもを抱えて、外敵や寒さを群れの力で跳ね返してゆきます。私たち人間の親は甘い口にのせられ、大切な我が子の心の傷をもっと大きくして動けないようにしないでください。我が子の責任者は親です。この引きこもり回復の未知の分野を一緒に勉強して子を安全に回復させていきましょう」
同会は現在、全国に58支部で家族会や居場所を開設。最近は、他の当事者たちとの出会いの場づくりにも力を入れる。
「お父さんお母さんはぜひ、元気になった引きこもり当事者と出会ってください。子どもを傷つけない回復の道は、たくさんあることがわかるでしょう」
子どもが安心して社会に出てくるためには、親の存在が重要だ。そんな親を支えるための支援の必要性が、最近の流れともいえる。
ワンステップ廣岡学校長もホームページでコメントを発表
テレビ朝日は、番組をつくるうえで、なぜ、このように長年苦労して培ってきたノウハウを持つ当事者家族会をスタジオに呼ぶなりして、編集上のバランスを取ろうとしなかったのか。
ワンステップスクール伊藤学校の廣岡政幸学校長は下記のコメントを同学校のホームページにて発表し、反省を示すと同時に、編集された映像である点についても言及した。
『(中略)当校の活動が人権を無視した「暴力的支援」「スパルタ教育」との批判が展開されております。
ご指摘の通り、当方に至らぬ点が多々あり、粗暴な言動など誤解を招くような立ち振る舞いをしてしまったと深く反省しております。
しかし、現場では、いかなる場合においても正当な手順のもと事前に保護者(家主)および本人の同意を得た上で対応にあたっています。
番組内で紹介された事例につきましては、平成28年1月22日にテレビ朝日・スーパーJチャンネルにて放送された番組を編集されております(後略)』
4日の記者会見では、当事者たちの思いはある程度伝わった。その一方で、記者会見は、ニュース文脈で切り取られるために仕方がないものの、報道されていない中には、もっと大切な問題もたくさん語られていた。
例えば、参加した当事者たちの間では、会見のような一方通行の表明ではなく、メディアも含めた「対話の場」を望む声が上がっていた。長年「支援される側」にあった経験者ならではの視点を生かし、安心できる場で「対等な立場」での対話を欲していた。しかし、そうした文脈は、会見では出せていない。
それらは、4月16日に都内で開催される『ひきこもりUXフェスティバル』や、6月の第1日曜日に開かれる『庵』、さらに新たに各地で企画されている関連シンポジウムなどの当事者たちが数多く集まる場で、報道されていなかった大切な思いが発信され、やりとりの交わされる場もつくられることだろう。
今後、放送された同校の廣岡校長も安心して参加し、思いを発言してもらえるように、「対話の場」が構築できたらいいと、今回会見に参加した当事者たちは思っている。
記事詳細 ダイヤモンドオンライン
http://diamond.jp/articles/-/89213
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