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「なぜ『引き出し屋』に頼んだの」ひきこもり支援で入り込む業者 壊れた親子関係
高校卒業後、初めてのアルバイトでパニックに陥った直後から、サトルさん(21)=仮名=は、家にこもりがちになった。当時19歳。人と関わるのが嫌で、お金を使わず現実を忘れられる戦闘ゲームにのめり込んだ。サトルさんに言わせれば、社会への一歩を踏み出す気力を養うための「充電期間」。だが両親からは、何度も病院や相談機関に足を運ぶよう勧められた。
何度か従ったものの「支援の押し付けじゃないか」と納得できない思いは消えない。「周囲に心を壊された」と感じているのに、両親から「あなたは病気かも。治さないと」と言われると「僕がおかしいわけじゃない」といら立ちが募った。
誰も信じられず、相談できる人もいない。深い孤独に陥り、生きる意味を探していた。
実家のリビングに飾られた何枚もの家族写真。はにかんだ笑顔を浮かべる幼いサトルさんの姿もある。「20歳まで生きていない」。折に触れ、そう口にするようになったサトルさんに、両親の焦りは募っていた。思い付く限りの支援窓口へ救いを求めても「本人が来ないと」。さらに学卒者は支援対象に含まれないと突き放された。
サトルさんの20歳の誕生日が迫るにつれ、両親は「どうか、今日も生きていますように」と祈りながら、出勤前と帰宅時に息子の安否を恐る恐る確かめる日々が続いた。
普段は優しく、物知りなサトルさん。だが時折、口論になると手が付けられなくなった。心を閉ざす息子が何を考えているのか分からず、戸惑い続けた。
2019年夏。川崎市で児童らを殺傷し自殺した男がひきこもりがちだったことから、ひきこもりと犯罪を安易に結び付ける報道が過熱した。直後には、元農林水産事務次官がひきこもり状態にあったとされる長男を刺し、逮捕される事件も起きた。
万が一、この子が事件を起こしたら-。ニュースを見るたび強い不安に襲われた。「親の死後、他のきょうだいや世間に迷惑を掛けることがあれば、私たちは死んでも死に切れない」。母リョウコさん=仮名=は話す。
ひきこもりからの自立支援をうたう民間業者の存在を知ったのは、そんな時だった。「ここに頼るしかない」。サトルさんが20歳を迎える誕生日まで残り1カ月。両親はすがる思いで、業者に息子を託すことを決めた。そして。
ある日突然、自宅から神奈川県内の全寮制施設に連れ出されたサトルさんには入寮後、壮絶な日々が待ち受けていた。
「親だからといって、子どもに何をしてもいいわけではない」。いま、サトルさんは問い掛ける。親と子の思いは交わることがない。
■奪われた自由
少しずつ、考える力が失われていくように感じた。「自由を奪われてただ生きる、『飼い殺し』状態だった」。当時19歳だったサトルさん(21)=仮名=は、沖縄本島の実家から突然連れて行かれた神奈川県内の全寮制施設の生活を振り返る。
施設は、畑や山に囲まれたのどかな場所にあった。毎日、午前7時15分までに食堂へ集まり、スタッフが見守る中で寮の周りを散歩する。その後は「自習」時間。午後はランニングなどをして過ごした。消灯は午後10時ごろ。スタッフが夜中、見回りに来た。テレビのない5~6畳ほどの部屋で基本的に2人1室で寝起きし、掃除も料理も自分たちで行う。「刑務所にいるようだった」と話す。
スマートフォンや運転免許証、現金の入った財布も、実家を連れ出される時に預けたまま。施設の玄関は開いているが、小型カメラが設置されていた。
「小遣い」は月に3千円。週1度、スタッフ同行で買い物に行き、おやつや本などの代金を支払うときだけ現金を渡された。支払った後も手元に1円も残らないよう、お釣りやレシートを厳重に管理された。
寮生の中には数年、滞在している人もいた。先の見えない日々に、「いつかは」と考えていた大学受験はさらに遠のいたように感じた。「家を連れ出される前に、死んじゃえば良かった」。何度もそう思った。
「何が食べたいとか、どこに行きたいとか、当たり前の自由がなかった」。故郷沖縄から遠く離れた、誰一人知り合いのいない施設の中で、20歳の誕生日を迎えた。
「このままだと自分は、駄目になる」。サトルさんは「脱走」の計画を練り始めた。施設から逃げ出そうとして見つかり、連れ戻された寮生の姿を見たことがあった。絶対に失敗はできない、と思った。
だが沖縄に帰りたくても、飛行機代どころか、施設から離れるためのバス代も電車賃さえもない。施設から出た後は、近くの森にしばらく隠れて過ごすつもりで、わずかな「小遣い」で非常食を買いためた。寮の本棚で施設周辺の地図を見つけ、見ず知らずの土地の地理を頭にたたき込んだ。ちゃんと助けを求められるよう、自身が置かれた状況を第三者に説明するときの「台本」も準備した。
入寮2カ月目の2019年10月11日。小型カメラの映像をスタッフが見ていないことを祈り、全速力で施設の入り口を駆け抜けた。着の身着のまま、誕生日に親が送ってくれた「ちんすこう」と、わずかな食べ物、ペットボトル2本を携えて。
自分の身分を証明できるものは何一つ、なかった。
■帰る場所無く
同級生が成人式で盛り上がる今年1月。神奈川県内の全寮制施設を飛び出した沖縄出身のサトルさん(21)=仮名=は、ネットカフェを転々としていた。初めて過ごす県外の冬。なけなしの金を節約するため、昼間は当てもなく街をうろついた。食事は1日1食。水を飲んで腹を膨らませた。「寒くてみじめで。なぜこんなことに」。むなしさが込み上げた。
昨年10月、施設から逃げ、助けを求めて近くの役場に駆け込んだ。運転免許証もスマホも持たず、自分を証明するものは何もなかったが、同じような人が過去にいたのか役場職員はすぐに事情を察してくれた。毛布をかぶせてかくまい、生活保護手続きができる別の庁舎まで車で送ってくれた。身を縮め「見つからないように」と祈り続けた。
「やっと安心だ」と思ったのもつかの間だった。行政に紹介された無料低額宿泊所では、さまざまな事情でホームレス状態になった中高年の人たちと集団生活を余儀なくされた。月に約11~13万円の生活保護費から宿泊費や食事代など8万9千円が差し引かれ、手元に残った数万円も宿泊所の「先輩」の飲酒代などに消えた。「お前の親を知っている」と脅す人もいた。
今年の元日。度を越した金銭要求に耐えきれず、サトルさんは宿泊所からも逃げ出した。
親に連絡しても、沖縄に戻ってくるよう促す言葉はなく「そこで頑張れるなら、頑張ってほしいと突き放された」。帰る場所はもう、なかった。
現在、サトルさんは関東地方で暮らしている。1月中に別の無料低額宿泊所へ移って必死で生活を立て直し、アパートを借り、スマホや通帳も手に入れた。ここまで来られたのは、施設でも、両親でもなく「自分の力だ」と語気を強める。
今も、施設スタッフが突然現れて再び入寮させられる悪夢に悩む。両親や業者に抱く負の感情に苦しみながら、貧困状態からは抜け出せず、未来は描けない。
自宅から連れ出されてから428日がたった10月下旬。「なぜ『引き出し屋』に頼んだの」。悶々(もんもん)とした思いを抱え1泊2日で帰郷し両親と再会したが、納得のいく返答はなかった。「きっと冷静に向き合えない」との思いから、実家には泊まらず、安宿で過ごした。両親もまた、それを望んだ。
ひきこもりの人や家族への公的支援が乏しいがゆえに、本人の意に寄り添わない形で業者が入り込み、親子関係の修復は見通せない状況に追い込まれた。施設には、沖縄出身者がほかにもいたという。サトルさんは「同じ目に遭う県出身者が二度と出てほしくない」と願い、言葉を振り絞った。「428日前の『あの日』に戻してほしい」
■民間業者が反論
両親の依頼で、ひきこもりがちだった当時19歳のサトルさん(21)=仮名=を入寮させた「ワンステップスクール湘南校」の廣岡政幸校長が本紙取材に答えた。
-「急な来訪で説得され、恐怖を感じて抵抗する気力をなくし、自宅を連れ出された」と言うが。
「まず身分を明かし、訪問の経緯を伝えた。保護者が入寮を強く希望し、彼に自殺の危険性があるため放置できないことも丁寧に説明した。逃げるのを警戒し、出入り口をふさぐことはしていない。彼は、最終的に『大学進学を目指し、やり直したい』と言った」
「子どもの心理として、立場が不利だから怖い思いをしたと本人が話すことは否定しないが、脅して連れ出したわけではない。そこまで追い込んだなら『進学を目指す』とは言わない」
-寮内のカメラは。
「防犯目的で廊下など共用エリアのみ。個室などにはない。元々は社員寮や学生寮だった施設で、出入り口は日常的に開放されている。洗濯、たばこ、散歩などで自由に出入りできる」
-入寮後スマホや現金、免許証は返さないのか。
「ゲーム依存の生徒も多く、寮内で個人の通信機器は原則使わない約束。現金はそもそも親が小遣いとして本人に渡しているもので、本人のお金ではない。僕らも親からお金を預かる以上、全て帳簿を付け、管理する。免許証も貴重品として預かり、必要な時は渡す」
-プログラムは自習や運動などが主なのか。
「規則正しい生活習慣を身に付け、自立生活ができるよう訓練している。集中力を高める訓練のほかスポーツやボランティア、農業などがあり、臨床心理士のカウンセリングもある」
-逃げ出す生徒がいる。
「今は働き、自立した生徒の方が圧倒的に多い。卒業生もたくさんいる」
「一部の悪質業者のように法外な金額を求めることはなく、料金表も示し、各家庭の状況にコミットする。不足分は企業の援助や講演会の謝礼などでまかなっている。民間の僕らにできる限りのことはやるが、全員助けることはできない」
「本来は国がやるべきこと。ひきこもりがこれほど増えたのは国の社会システムの不備だ。関わった親は誰一人、子どもを排除する目的で依頼していない」
引用先:「なぜ『引き出し屋』に頼んだの」ひきこもり支援で入り込む業者 壊れた親子関係 | 「独り」をつないで ひきこもりの像 | 沖縄タイムス+プラス (okinawatimes.co.jp)